まちの付加価値は、企業や行政だけでなく“みんな”でつくるもの

事務局長対談

小澤広倫さん(東急不動産株式会社 都市事業ユニット渋谷開発本部プロジェクト推進部 統括部長)
長田新子(渋谷未来デザイン理事・事務局長)

時代や価値観の変遷と、また大規模な再開発によって、めまぐるしく変化を続ける渋谷のまちと文化。参画パートナーとして渋谷未来デザイン(以下、FDS)の創設期から関わってきていただいている東急不動産の小澤さんは、長きに渡りそれを第一線で見つめてきました。いまあらためて小澤さんに渋谷のまちと文化のあり方について、また、渋谷未来デザインとともに推進するプロジェクトについて、お話をうかがいました——

 

再開発によるあらたな商業施設を、みんなで“まちの付加価値”をつくっていける場に

 

長田 小澤さんはこれまで長い間ずっと渋谷に関わってこられましたよね?

小澤 そうですね、学生時代から渋谷に通ってた“渋カジ世代”ですし(笑)、街づくりの仕事がしたいと思って東急グループに入社して、いろんな職種の経験を積みながらかれこれ20年以上渋谷の開発に少しずつ関わってきました。現在では専業の部隊として渋谷の開発に携わっていますが、その契機となったのが、ちょうど来年建つ原宿・神宮前の交差点の再開発プロジェクトです。

長田 FDSを立ち上げた頃の最初のオフィスはまさにいま小澤さんたちが手掛けられている神宮前の交差点にあって…。

小澤 そうですよね、再開発にともなって解体予定の物件をお貸しして、それがきっかけでFDSさんとも親密な関係になりましたし、そうやってまちに関わる方々とのネットワークだったり新しいかたちの連携にすごく可能性を感じるようになりましたね。

神宮前の交差点の新しい商業施設は「ハラカド」といって2024年春に開業予定です。また、向かいに建っている「東急プラザ表参道原宿」は「オモカド」という名前に変更になります。
それから代官山の駅前では、住宅と商業とオフィスがミックスされたような「Forestgate Daikanyama」という複合施設が2023年10月に開業予定です。
あとは桜丘ですね。渋谷駅南口の駅前が改札とともに新しくなって「Shibuya Sakura Stage」というかたちで2023年11月に竣工予定です。
そして、代々木公園の岸体育館跡地を、スポーツコミュニティなどを支えられるようなパークにしていくというプロジェクトが2025年2月に向けていま進行しています。大きくこの4つが立て続けにオープンしていくということになります。

長田 順番でいうと、まずは代官山、渋谷駅前の桜丘、原宿、代々木公園、という感じで、それぞれのエリアに特徴がありますよね。

小澤 はい、それぞれのまちの特徴がありますし、その上で各施設に共通している考え方は、従来の商業施設のようにテナントさんとの関係のなかだけで施設をつくっていくのではなくて、それぞれのまち、そこにいる人たちと一緒につくっていこうというものです。もちろん経済的なミーニングがあった上で、さらに付加価値を高められるように、施設内だけじゃなくまちなかへにじみ出していくような活動を念頭に置いています。

たとえば、ハラカドには銭湯ができるんですが、そこからいろんなコミュニティを醸成していきたいですし、桜丘のほうでいうと、アーティストや才能ある方々を発掘し育てていけるようなプログラムを考えています。

代官山は、FDSさんもお付き合いがあると思いますが、環境・サステナブルの領域で若い世代の第一人者であるSWiTCHの佐座マナさんに協力いただいて、環境への配慮に注力した施設になるんですが、そこを拠点にいろんな方とタイアップして、サステナビリティに関するイベントをやったり、たとえば環境に配慮したスイーツを売ったりだとか、そういった活動ができるような空間にしていくことで、常にいろんな人が集まって対話をしたり情報発信ができる場にしていこうとしています。

長田 それぞれのまちに合わせた特徴はありながらも、「みんなでつくる」ということは共通していると。

小澤 そうですね。ただ商品を売るというような単なるテナント契約じゃないところまで踏み込んで、一緒になって発信したりまちや人との共感を生んでいってくれるパートナーを募集しているというのが大きな特徴です。

長田 近年はそういう動きは業界全体的にも活発化しているんですか?

小澤 我々、建物オーナーからすると、これはけっこう大変なことで、我々も日々苦戦しながらやっているのが正直なところではあります。建築費用も上がってるなかで、従来のやり方で家賃をいただける仕組みのほうが我々としては手間がないわけですが、それだけだと発展していかないのも事実で、また我々のように大きな場所を取り扱っているデベロッパーだからこそできることでもあると思いますので、エリアトータルで考えたまちの不可価値が上がるようにと、歯を食いしばってやっているところですね。

 

 

より良いまちの暮らしを“みんなでつくる” ササハタハツまちラボ

 

長田 FDSでの取り組みということでいうと、ひとつは「ササハタハツまちラボ」のプロジェクトに参画いただいていますね。

「ササハタハツまちラボ」
“ササハタハツ”=笹塚・幡ヶ谷・初台エリアを魅力的なまちにしていくために、産官学民の多様な人材が参画し、まちの将来像を共有し実現するための組織。地域に愛され、世界に誇るササハタハツを「みんなの力」でつくりあげることを目指して活動しています。
https://www.sasahatahatsu.jp

小澤 ササハタハツエリアは鉄道沿線ではあるものの、コミュニティの軸を、緑道や水道道路といった鉄道の駅だけじゃないところに置いていたり、地域の皆さんが参加できる仕組みでまちをより良くしていこうというところが、すごく先進的ですし、我々の事業にとっても本当に勉強にもなる、また、逆に言うとこちらからリソースも出せると考えて関わらせてもらっています。

長田 「ササハタハツまちラボ」は今年で3年目、まだスタートの時期ではありますが、小澤さんからはどんなふうに見えていますか?

小澤 今はまだ関わってくださってる方が、地域住民の方々全体の数からすればほんの一部かもしれないですけど、まちづくりというのはそもそもデベロッパーや行政だけがやるものではなくて、住民参加があって当然のものですし、同様に企業も参加していいわけですよね。そういう仕組みが成り立っていく創世期ですが、非常に熱量を感じますね。

長田 先ほどのお話のように、渋谷区のなかでもエリアごとに特徴があって、ササハタハツエリアは特に渋谷駅前などとは全然違いますよね。

小澤 住宅地なのでローカルな土着性も更に強いですよね。だからこそいろんな施策が行われるのに際して、みなさんが自分たちで、不満や意見を言うだけじゃなくて参加をして、自分たちの手でまちをより良くしていく活動ができるというのは、本当に素晴らしいことだと思います。そのためのいろんな開発やリニューアルといったところに我々のリソースも関わっていけたらいいなと思っています。

 

 

 

Next Generations—ストリートスポーツとまちがともに成長できる関係

 

長田 また、Next Generationsのプロジェクトにも、東急不動産さんには関わっていただいています。

「Next Generations」
ストリートスポーツの振興とマナー啓蒙によってまちにプレイグラウンドを創り出すプロジェクト。渋谷らしいスポーツ文化を醸成し、「渋谷=ストリートスポーツのメッカ」としての姿を、シーンやパートナーと三位一体となり共創しています。
https://www.nextgenerations.jp

小澤 先ほどお話しした、代々木公園・岸体育館跡地のプロジェクトを通して、渋谷のストリートスポーツシーンの盛り上がりに寄与できると思っていますし、また、渋谷駅から代々木公園につながる「公園通り」に私は特に注目しています。公園通りって、代々木公園に向けた、いわば公園の参道だと思っていて、1日300万人が利用するといわれるターミナル駅の出口と、公園の入り口がつながっているというのはすごいことだと思うんですよね。

長田 たしかに言われてみるとそうですね…。

小澤 道路空間の利用のしかたによって、街の価値は2倍にも3倍にも上がっていきます。その意味でも渋谷駅前から続く公園への道路はとても貴重な財産で、まちと公園が一体化するようなものをつくっていければ、いま失われかけているストリートカルチャーを再び育んでいくことができますし、Next Generationsのようなストリートスポーツの若い才能をさらに育てていくこともできるんじゃないかと思っています。

長田 小中学生や高校生といった若い才能を、まちの機能としてピックアップしていけるようなことになるといいですよね。

小澤 少子化の時代に、こどもたちが興味を持って打ち込んでることを、親世代としては“推し活”してあげなきゃいけないと思っているんです。スポーツやアートの才能を発揮する場所というのが欧米と比べて日本はとても少ないですし、企業が“推す”という行為をすることについてはまだまだ弱いなと思っています。ただし、寄付などの負担だけを企業に強いるということではなくて、お互いがまちとして育っていくような舞台と仕組みをつくれば、十分彼らを羽ばたかせることはできるし、それがまちに還元されていき、企業も協力しやすくなる。だからお互いの関係づくりが大事なんじゃないかと思っているんですね。

長田 面白いですね。一方で、代々木公園でさらにストリートスポーツを盛り上げていくことで、逆にたとえばスケートボードの人たちが外に出てきてすべるんじゃないか、みたいな懸念の声が出てくることも予想されますよね。

小澤 もちろんそれは社会課題としてある部分なので対処しなければいけないんですが、でも、じゃあいま目を輝かせながらスケートボードをやってる小さなこどもたちの、あの熱を奪うのかと、すごく考えてしまいます。
たとえばいまスケートボードの一流選手なんかは、ボードから何からみんなサステナブルで、環境を意識してる人たちもいっぱいいますし、そういうところにきちんと目を向けて、その力を社会の浄化のほうにつなげていけるんじゃないかとも思います。迷惑行為を取り締まるだけではこの課題は解決しませんから、むしろ良い部分を伸ばしながら、彼らとまちとがウィンウィンになるかたちでやっていくことが大切だと考えています。そういう意味で本当にNext Generationsに関わる若いアスリートたちはものすごく大きなパワーを持っているので、彼らの力もお借りして、我々から彼らに提供できるものはして、ともに成長できればいいんじゃないかなと思っています。

 

 

事務局長対談シリーズ

佐藤仁さん – 渋谷の街は変わり続ける、その未来のために今必要なこと

村瀨龍馬さん – オンラインの体験によって、オフラインの暮らしや心を豊かにする

長澤貴淑さん – 渋谷に100年寄り添ってきた“地域金融機関”の社会貢献

石井健一さん – 社会課題を“ビジネス”で解決——20年代のスタートアップの戦い方

髙橋忠雄さん – 渋谷を“助け合いの聖地”に。楽しく笑顔で共に創る防災カルチャー

小野美智代さん – すべての女性に心と体の健康を。最初の“気付き”を渋谷から

井上琢磨さん – 公共空間を活用する魅力的な“前例”をつくり続ける

林千晶さん – 株式会社ロフトワーク 共同創業者|自分が本当に生きたい未来に、とことん向き合う

梶浦瑞穂さん – スマドリ株式会社|飲む人も飲まない人も一緒に豊かに過ごせる文化を、渋谷から全国へ

秋葉直之さん – 株式会社ブーマー|帰属意識と自治を生む、バスケコートへの愛を集める/FDSとの理想的な共創とは?

中馬和彦さん – KDDI株式会社|メタバースに文化は根付くか? 時代を捉え変化し続けることの重要性

澤田伸さん – 渋谷区副区長CIO|「答え」より「問い」をつくり投げかけていく組織に

 

 

取材・文)天田 輔
写真)斎藤 優

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