渋谷に100年寄り添ってきた“地域金融機関”の社会貢献

事務局長対談

長澤貴淑(渋谷未来デザイン 理事・西武信用金庫 常務理事)
長田新子(渋谷未来デザイン 理事・事務局長)

今年度より、西武信用金庫の常務理事を務める長澤貴淑さんに、渋谷未来デザインの理事に就任いただきました。
地域への貢献について、信用金庫としての立場から長く考え、取り組んできた長澤さんに、あらためてその考えをうかがいながら、これからの信用金庫のあり方について、また渋谷未来デザインのあるべき姿について、同じく渋谷未来デザインの理事で事務局長の長田がお話を聞きました。

地域の、渋谷の、信用金庫のあるべき姿

長田 まずは、あらためてになりますが、長澤さんのこれまでの経歴についてあらためてお聞きしたいのですが。

長澤 うちは父が損害保険会社で兄2人も証券会社と生命保険会社に勤めていて、私も大学で受けた地域金融機関や中小企業金融に関する講義がしっくりきて、この西武信用金庫に入りました。ここがやろうとしているビジネスモデルがすごくいいなと思ったんです。
ただ、入社間も無い頃は、いわゆる集金活動が営業の中心にありました。忙しいときには早朝から地域のお客さまのところを回って、学校で勉強したことと少し違うなとは感じながらも、お客さんと話すことはとても好きだったので、地域のことなどもいろいろと教えていただきながらやっていました。
渋谷ということでいうと、2004年に渋谷営業部の副支店長に着任して、古くからのお客さまから新しくお付き合いするお客さままでが多様にいらっしゃる「お客さまの会」を渋谷につくったり、その後異動がありましたが、2014年には支店長として渋谷営業部に戻り、現在は常務として渋谷を含む都内の店舗にも関わっています。

長田 昔は地域を回って集金活動をして…というお話がありましたが、近年では信用金庫のスタイルというのも変わってきているんですか?

長澤 変わっていますね。西武信用金庫では30年前くらいから、いわゆる事業支援の取り組みを始めています。御用聞き的なかたちでお客さまと密接にお付き合いしながら、特にお金のことの相談に乗るという一般的な信用金庫のスタイルで現在も取り組んでいるところもありますし、西武信用金庫もそうした業務を完全に撤廃したわけではありませんが、我々としては営業活動の中心をそこには置かず、お客さまの事業支援にシフトしたのが30年前です。

最初は製造業を中心にした支援から始まりました。とはいえ、我々自身には製造業の専門知識も経験もありませんので、やはりそういうことを得意としている大学や企業、団体の方たちと連携して、お客さまからもらういろんな課題を解決しながら、その事業範囲を広げてきました。例えば中小企業のお客さまから「こういう新製品をつくりたい」という要望があったときに、それを担うことができる技術者、あるいは大学が持っているシーズをマッチングさせて新しいものを創出するというような取り組みを行なってきました。

長田 やはり地域密着型というか、地元の中小企業だったり、地域の方々とのネットワークの強さが大切なんでしょうね。

長澤 いわゆる企業活動と同じように考えてしまうと、どうしても収益ありきで、「融資を伸ばせ」「預金を取れ」「商品件数を上げろ」みたいな目標設定になってしまうと思います。しかしそういう価値観を変えてきたわけです。我々は地域金融機関であり、株式会社ではなく協同組織です。その地域を構成している、多様な人たちの多様な考え方や事業を認めて、支援できるかたちをつくっていくことが大事だと考えています。
渋谷は特にそうだと思いますが、中小企業はもちろん、例えばNPO団体だったり個人だったりという事業者さんもたくさんいらっしゃいますよね。そうした方たちが実現したいことに寄り添い支援するということを極めていこうとしています。

長田 そうやって地域の方々と支え合いながら、こちらの渋谷営業部は今年(2022年)で100周年を迎えられたんですよね?

長澤 はい。本当に古くから取引してくださっているお客さまもたくさんいますし、そういう方たちのまちに対する愛情というのもとても強く感じています。また、このまちの文化をずっと見守ってきた方々がいる一方で、渋谷は創業のまちでもあります。若い世代の創業のお手伝いをさせていただくなかで、渋谷の老舗の人たちと、これから創業する人たちとの出会いの場をつくったりすると、さまざまな価値創造がどんどん広がっていくんですよね。そういったコラボレーションができるということは、渋谷のまちの面白さのひとつだと感じています。

長田 そういったマッチングができるのは、日頃から地域に根差して、多様な方々の多様な課題やニーズを拾うことができているからですよね。

長澤 我々がハブの役割になることで、地域の皆さんに喜んでいただけるということはあると思います。先日、長田さんにも来ていただいた「ビジネスフェア」もそうですよね。

長田 とても盛り上がってましたよね。

※「ビジネスフェア」
西武信用金庫が地域の中小企業のビジネスチャンス拡大を目的に2000年から継続的に開催。2022年は11月に渋谷ヒカリエで開催された。
https://www.shinkin.co.jp/seibu/information/new/2022/business_fair2022.html

長澤 おかげさまで今年は4,500人くらいの方が来てくれたんです。それで2,600件ほどのマッチングを創出することができました。

長田 すごい!

 

地域とともに歩む——原点に立ち返り変えてゆく企業風土

長田 西武信金さんではSDGsの取り組みにも注力されてますよね。

長澤 たくさんあるんですけどいくつか例を挙げると、まずは寄付型の定期預金というものがあります。これは、お客さまに1年間の定期預金をしていただいて、利息の20%を寄付していただくという商品です。そして集まった寄付金と同額相当を我々からも寄付させていただく仕組みになっています。寄付金は環境問題をはじめ、近年では福祉の分野でも役立ててもらっています。

また、各地域の商工会議所などへの寄付も毎年行なっていて、特にコロナ以降は飲食店の活性化であるとか、あるいは渋谷であれば、そうした困難のなかでの創業支援などに充ててもらっています。そのなかで、ただ金銭をお渡しするのではなく、勤続10年以下の若い職員たちが、まちの人たちと一緒になってその事業に参画するということもしていて、これはいい地域貢献のかたちだなと感じています。

そうした職員の意識改革も含むような取り組みでは、ほかにも例えば、職員が読み終わった本や着なくなった服を集めて困窮家庭などで有効に活用していただいたり、賞味期限が残り1〜2ヶ月に迫った保存の効く食べ物を集めて、フードロスの削減に取り組んだりという活動もしています。

長田 先ほど「株式会社ではなく協同組織である」というお話もありましたが、SDGsに沿った取り組みを行いながら、やはり地域の方々とのより深いつながりをつくっていくところに意義を感じてらっしゃるんでしょうか。

長澤 そうですね。社会貢献というもの自体の意識も変わってきています。以前は「融資を伸ばすことこそが地域への貢献だ」と考えて、より融資を伸ばすことを目指していた部分があります。もちろん金融にとってはそれも非常に大事なことなのですが、今こそ「協同組織」というものの原点に立ち帰ろうとしているのだと思います。

例えば、地域協創部という部署があたらしくできたのですが、普通、部署を立ち上げると「この売上をどれくらい伸ばす」とか「契約を何件取る」といった目標を設定しますよね。この地域協創部に関してはそういうKPIではなく、「地域とのつながりをどれだけつくれるか」という視点で目標を定めています。そういった企業風土を社内全体でもどれだけ醸成できるかが、これからのミッションなのだろうと感じています。

渋谷未来デザインの役割

長田 ここまでのお話をうかがって、行政や民間企業などのハブになってつながりをつくり、地域や社会の課題を解決していくという面では、渋谷未来デザインと同じだと感じました。
長澤さんは、渋谷未来デザインがこれからどんな組織としてどんな役割を担っていくことを期待されていますか?

長澤 一番強く思うのは、「こうあるべきだ」と決めてはいけないということです。
渋谷には古くから、このまちを本当に愛している地元の人たちがいて、そこに新しいものがどんどん入ってきて、混ざり合っていきますね。そこで様々な考え方や価値観、あるいは事業や文化が立ち上がっていくときに、「こうあるべきだ」という答えを提示するのではなくて、お互いを認め合っていける環境をつくることが、渋谷未来デザインの役割だと思いますすし、渋谷未来デザインに関わらせていただいて私がとても勉強になっている部分でもあります。
どうしても民間企業って、結論を求めたがるものですが、そうじゃない場合もあるはずです。我々は「地域金融機関」で、76の店舗とそれぞれが受け持つ地域がありますので、渋谷未来デザインが取り組んでいることや、そのなかで「いいな」と感じるものごとを、我々自身や、我々のお客さまたちの中でも広めていけたら、多少なりともお役に立てるのではないかと感じています。

 

事務局長対談シリーズ

石井健一さん – 社会課題を“ビジネス”で解決——20年代のスタートアップの戦い方

髙橋忠雄さん – 渋谷を“助け合いの聖地”に。楽しく笑顔で共に創る防災カルチャー

小野美智代さん – すべての女性に心と体の健康を。最初の“気付き”を渋谷から

井上琢磨さん – 公共空間を活用する魅力的な“前例”をつくり続ける

林千晶さん – 株式会社ロフトワーク 共同創業者|自分が本当に生きたい未来に、とことん向き合う

梶浦瑞穂さん – スマドリ株式会社|飲む人も飲まない人も一緒に豊かに過ごせる文化を、渋谷から全国へ

秋葉直之さん – 株式会社ブーマー|帰属意識と自治を生む、バスケコートへの愛を集める/FDSとの理想的な共創とは?

中馬和彦さん – KDDI株式会社|メタバースに文化は根付くか? 時代を捉え変化し続けることの重要性

澤田伸さん – 渋谷区副区長CIO|「答え」より「問い」をつくり投げかけていく組織に

小澤真琴さん – ニューバランスジャパン|走る悦びも、女性特有の生きづらさも、地域や人との対話で共通のアジェンダに

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