「答え」より「問い」をつくり投げかけていく組織に

澤田伸さん(渋谷区副区長CIO)
長田新子(渋谷未来デザイン)

正解のない時代のオープンイノベーション

 

——渋谷未来デザイン(以下、FDS)の立ち上げから関わってきた澤田さんからは、当時〜現在のFDSはどんなふうに見えていますか?

澤田 FDSの設立は2018年4月ですよね。いまから4年前です。
僕は2015年の10月に、民間から副区長に着任し、初めて公的な仕事に就いたので最初は違和感の連続でした。特に、そのとき強く感じたのは、なぜもっと地域社会や外部の力をうまく活用しないのかということです。それが非常にもったいないと思い、打破するために考え出したのが、自分たちの外にいわゆる外郭団体としてハブ機能を持つことでした。ちょうど世の中では、オープンイノベーションということが盛んに言われ始めた頃でしたが、まさに民間の力を使って地域や社会の課題を解決し、新しい未来をつくろうと立ち上げたのがFDSです。

設立の当初と今では、社会環境も大きく変化しているので、期待するところも、できること/できないことも変わってきていると思います。そのような中で、FDSのようなイノベーションを生み出していくための組織で難しいところは、「こうなったらいいよね」とか「こうあるべきだよね」というゴールを目指して進むことが本当に正しいのか、ということです。
つまり今、我々はVUCAの時代と言われているように答えのない時代を生きているので、イノベーションだって、「これをやったら100点です」というような答えがあるわけではありません。FDSは、その100点の答えを求めにいくのではなく、問いをつくるところから始めているという意味においては、今のような形でいいんじゃないかなと思っています。

「あるべき姿はこうだよね」と規定した瞬間に、FDSの良さはなくなってしまうと思います。決まっていることは一つ、「未来をデザインする」ということだけで、それが正しいか正しくないかは、きっとさらにその先の未来の人たちが決めることでしょう。そう考えて、関心があるところをどんどん追い掛けていく、というスタンスが大切だと思います。

答えをつくるのではなく、問いをつくる側に立って、その問いをどんどん社会や市場に投げていく。そしてさらに、その問いをどうつくり直していくのかということを追い掛け続けていく組織であってほしいなと思います。

 

「パーパスドリブン」が定着しつつある今こそ

 

——長田事務局長は、この4年間を振り返ってどうですか?

長田 私が前職を退職する少し前、2017年の9月に澤田さんにお会いしてるんですが、そのときにやっぱり聞いたのが、今も澤田さんがおっしゃった「オープンイノベーション」と「官民連携」のお話でした。私は企業勤務の経験しかなかったですから、どうできるかなと思いつつも、逆に今まで自分が企業の立場だからこそできなかったことを、いろいろとチャレンジしてみたいという気持ちでこの立ち上げに関わったんですね。

1年目からがむしゃらでやってきましたが、FDSのスローガンが『THINK & ACTION』だったので、ただ言ってるだけじゃなくて、小さくても、なにかやる、実験してみる、っていうことを続けてきたら、だんだんと見えてくるものがありました。
それはまず、渋谷の街というのは皆さんにとって魅力的な街なんだなというのがあらためて感じられたことと、渋谷区という組織が、区長、副区長も、なにか新しいチャレンジに対して肯定的だということ。
皆さんにとって魅力的な街をより良くしていきたい、そのためのチャレンジをしたい、という気持ちをアクションに変えていくことが、我々の特徴でありやるべきことなのかなと思ってやってきましたね。

澤田 最初の3年くらいは手探りで大変だったと思いますが、それはきっとマーケットや社会が、新しいことを進めるFDSの考え方についてきていなかったということもありますよね。でも、ようやく社会や企業がFDSのいろんなアクティビティに対して共鳴しだしてきた。やっと時代が追い付いてきたなと感じています。
今、世の中で様々な企業が「パーパスドリブン」と言い始めていますが、FDSはそもそもパーパスドリブンだったんです。そのために官民を連携させて、新しい着想で課題を解決していくようなアイデアバンクですから。

 

「渋谷」というブランドとどう向き合うか

 

長田 でも私が企業の側にいたときは、やっぱり企業やブランドの目線で、モノを売るとか、目先の業績に意識が向いていたんです。それがFDSに来て、ガラッと考え方が変わったんですよね。やっぱり企業が社会のために何かをするというのがすごく大事だなと。

澤田 僕も同じです。お互いに民間企業でマーケティングサイドの仕事をしていると、必ず利益や売上がKPIになっていました。

長田 そうですよね、でも企業の人たちの気持ちも分かるから、社会をより良くしたいというゴールへ向かうアプローチを、企業の側の感覚も鑑みながら考えてきました。ただ、企業の側もそこに柔軟に対応できるような流れに今、だんだんとなってきてますよね。

澤田 そうですね。そういう意味で、社会や市場の側が、ようやくFDSの目指している方向に近づいています。今、大きな機会が生まれているのは間違いなくて、製品を売るマーケティングも、短期的な売上高だけを見るのではなく、その製品や体験を通じて、どのような意味や意義を生み出せるのかというマーケティングに変わってきていますよね。
(長田の前職企業である)レッドブルは、もともとモダンマーケティングの旗手で、日本の企業がオーソドックスにやっていたマーケティングとは全く違うアプローチでブランドをつくってきたわけでしょう。

長田 でも私、レッドブルから移って来たときに、「渋谷」っていうものは、すごい「ブランド」だなと思って。
この都市の価値はもっともっと広がるとすごく感じたし、今も感じています。

澤田 僕が副区長に就任した当時、広告会社出身だったこともあり、いろいろな提案を受けた中で、都市をブランディングしましょうというような話もたくさんありました。
長田さんが言う通り、ある意味では渋谷も「ブランド」と言えると思います。けれどもそのとき、渋谷に「ブランディング」は必要ないと思いました。なぜなら、渋谷は規定されない街だからです。ある人にはストリートの街、また、別の人にはファッションの街であり、スポーツの街でもある。つまり、渋谷の強みは100人いたら100通りのイメージがあることだと考えると、あまり規定しないほうがいいと思ったんです。例えばルイ・ヴィトンのようないわゆる強いブランドは、タグラインを持たず、ブランディングで自身を規定することをしないんです。

渋谷区が基本構想で掲げている「ちがいを ちからに 変える街。」とは、その意味で街のタグラインのようにも見えますが、実は多様性と包摂性をうたっている意識変容や態度変容を促す価値観なんです。「ちがいを ちからに 変える」という漠としたメッセージは、具体的に街のイメージを規定するわけではなく、むしろ誰にとっての渋谷像にも通じるところがあるんですね。

 

これからのFDSがあるべき姿とは

 

——ではあらためて長田さんから、4月よりFDSの事務局長に就任したことも踏まえて、今後のビジョンを聞かせてください。

長田 この4年間を振り返ってみて、近年変わってきたなと思うのは、こちらから行かずとも、いろんな人がFDSに近づいてきてくださるようになったということですね。以前だったら「この人、何?」みたいな見られ方をされることもあったけれど。

澤田 最初は、そうだったでしょうね。

長田 それが、「こういうことやりたい」っていう思いを持っていろんな方が声をかけてくださるようになって。FDSの会員企業も増えてきたので、やっぱり私はもっと横のつながりを強めたいと思っています。それは必ずしも自分たちがつなぐということでなくとも、どんどん関係各社の間で生まれていく何かをバックアップできたらというのが、まず1つ目。
あとは、そうやって渋谷で生まれたものが、他の都市や地域にも広がっていってほしいんですね。

澤田 「渋谷未来デザイン」と言っているけれど、次の目標はそこから「渋谷」を外すことかもしれないですね。渋谷だけではなくて「ミライデザインカンパニー」になる。

長田 やっぱり他の地域からも問い合わせが来るんですよね。我々は渋谷を中心にしているから、我々だけではそんなにいろんなことはできないけれど、我々がハブやネットワークとしての機能をもっと強めることができれば、できることの可能性も広がるし、それがより広い地域へも広がっていくと思うんですよね。設立5年目のFDSは、これまで以上にいろんな人たちの力を集結させて、その人たちがつながってできることをどんどんバックアップしていきたいです。

澤田 それともう一つ期待したいのは、FDSに関わる人の日本人比率を50%以内にしてほしい、ということです。つまり、世界の人材を登用していってほしいという思いがあります。今、オンラインでも仕事はできますから、これはニューヨークの誰と共創しよう、これはパリの誰に協働しよう、というようなグローバルなネットワークを持った組織になるといいですね。世界中の人から知られた存在の「渋谷」なら、きっとそれができると思います。

渋谷がより国際都市として発展するために、もっと国際化の視点が必要なんです。海外からどう見えているのか、海外から見てどういうチャンスがあるのかという、日本のなかにいると見えないことってすごくたくさんありますからね。

長田 そうですね。

澤田 そういったことを、うまく取り入れていけるのが、オープンイノベーション、グローバルイノベーションの街になるということ。もう少し時間はかかると思いますが、そんな組織になってほしいです。こういったコロナ禍で生まれた大きな変化をチャンスに変えて、そのチャンスを広げていけることを期待しています。

 

事務局長対談シリーズ

澤田伸さん – 渋谷区副区長CIO|「答え」より「問い」をつくり投げかけていく組織に

小澤真琴さん – ニューバランスジャパン|走る悦びも、女性特有の生きづらさも、地域や人との対話で共通のアジェンダに

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