株式会社東急レクリエーションの相談役であり、東京商工会議所渋谷支部会長をはじめ渋谷にまつわる多くの組織・団体で要職を務める佐藤さん。渋谷未来デザインの理事を、その発足当時から勤めていただいてもいます。永きに渡って渋谷の地でキャリアを重ねてこられた佐藤さんの目に渋谷の街の現在と未来はどう映っているのか、あらためてお話をうかがいました——
常に変わり続けることが渋谷の魅力
長田 まずは、佐藤さんのこれまでの経歴についてあらためてお聞きしたいです。
佐藤 私は大学を卒業して、渋谷にある東京急行電鉄に入社しました。それは鉄道が好きで入ったわけではなくて、学生時代に東急の多摩田園都市の開発状況を見る機会があったんですね。こういう土地開発や観光開発のような仕事に従事したい、と思っていました。
東急に入ると、1年間は現場の研修をするんです。駅勤務や電車の車掌さんもやりましたね。その後は、東急グループのお金の流れを理解したいという思いがあって8年間財務部にいました。またその後、観光サービスに関わる関連会社を管理するセクションに在籍したり、また当時はバブルで、ゴルフ場の開発をするために会員権の販売などにも従事しました。
1995年からは、この東急レクリエーションという会社に在籍し、一般管理部門から営業と、ひととおり全部経験させていただいてきました。それから常務、専務、社長になって、会長職を経て現在は相談役というかたちです。
東京商工会議所に関しては今から6年半ほど前に渋谷支部の会長に就任しました。去年の11月には東京商工会議所渋谷支部50周年を迎え、コロナ禍のなか大々的にはできないものの、中身の濃い式典を行うことができ、大変名誉に感じています。
長田 渋谷未来デザインには発足の時から理事として参画していただいていますね。
佐藤 はい、もう丸5年になりますね。長谷部渋谷区長が「ちがいをちからに変える街」の実現に燃えていて、私も非常に共鳴しましたし、それを実現できる力を持っていることが渋谷の街の魅力でもあると思っていましたので、渋谷未来デザインの理事に名を連ねさせていただきました。
渋谷の未来、20年、30年先を考えて未来図を描いていくというのは非常に夢のある感じがしますよね。ただ、夢だけ語っていては駄目ですから、この5年間の渋谷未来デザインは着実に事業のひとつひとつを実行してくることができたのではないかと思います。現在100社以上の会員企業の皆さんに参画いただいて、5年間でこれだけの規模になることができたというのは、当初期待してた以上の評価につながっていると言っていいのではないでしょうか。
長田 佐藤さんは他にも、渋谷区観光協会や渋谷再開発協会といったいろいろな協会で重要なポジションを務められていたり、先日も忠犬ハチ公銅像保存維持会の副会長にも就任されましたよね。
そうしたいろいろな立場で渋谷を長く見てこられたと思いますが、あらためて佐藤さんから見て、渋谷の魅力と課題というとどんなところだと思いますか?
佐藤 私はずっと渋谷の会社に勤めて、もう48年も渋谷の街を見てきましたが、やはり刻々と変わっていますよね。街を歩くと常に新しい何かを発見できるような。それくらい渋谷は常に変化している街という感じがします。
渋谷の街は駅を中心にしてすり鉢状になっていて、地形的に人を引き寄せやすいという特徴を持った、23区の中でも珍しい地区だと思います。同時に、たとえば丸の内や銀座、日本橋といった街のように、なにかひとつの特色に寄せられていくことなく、多様な人たちが集まって自然発生的に文化を形作ってきた街という印象があります。だからこそ、渋谷はいろんなものにチャレンジしやすい街とも言えるのではないでしょうか。昨今、渋谷にはスタートアップ企業が非常に多いというのも納得できる気がします。
これからの渋谷に必要なものは、ハードよりもソフト
佐藤 今、渋谷駅を中心にして再開発が進んでいますよね。ビルがどんどん立ち上がって、10年前の渋谷の街と比較してもずいぶん表情が変わってきました。こうして間違いなく街のハード面は刻一刻と変わってきています。ただ、渋谷の街へやって来るお客さんは、新しい建物が出来たら物見遊山で1度は訪れてくれるんです。しかしハード面というのは、1度や2度見たら飽きてしまうものです。持続的にお客さんを呼び込むにはソフト面を充実させることが不可欠なんですね。再開発を経て、これからの渋谷が注力すべきものは、「常に渋谷に行きたい」とワクワクしてもらえるようなソフト面なんです。
長田 新しいハードに見合った、より良いソフトが必要ということですね。
ソフトということでいうと、まさに東急レクリエーションさんでもエンターテイメントに注力されているわけですよね。
佐藤 とにかく渋谷へ行ったら何か楽しいことがありそうな、そういう街にしたいですよね。渋谷というと、世界でもとても名前の売れている街です。ただ、国内外から渋谷へやって来て、スクランブル交差点で写真を撮って、ちょっとセンター街をぶらぶらしてドンキホーテで雑貨を買って帰る、というような観光客の方が多いそうですが、もっと深く消費していただいて、もっと遅くまで遊んでいただけるような街になってほしいなと思います。
統計によると、観光客の方々が渋谷の街に滞在する時間は14時から18時頃までが一番多いんですね。それは、渋谷の宿泊施設の数が十分でないということにひとつの原因があるようです。渋谷には夜遅くまでやっているお店がたくさんあるのですが、ホテルが少ないために夜まで渋谷に留まってもらえない。しかし近頃は再開発でホテルも増え始めていますし、徐々に解消されていくと思います。もちろん、単に宿泊施設を増やしたからいいというわけではないので、渋谷に来るお客さんが求めているものに対して常にアンテナを高く上げて、情報をキャッチしながら街のソフト面を充実させていく必要があるわけですね。
長田 最近、他の区の関係者の方々から、渋谷はすごくアクティブですねと言われることが多いんです。渋谷の街に関わる方々は本当に皆さんひとりひとりが真剣に街のことを考えていると。私も、渋谷には今だけでなくその次の時代の街のことまで考えて行動されている方が多いと感じています。商店街のことや町会のことなど、街に関わる皆さんそれぞれに信念があって、街を育てたいとか守っていきたいという思いが、誰かひとりのものではなく、皆さんがそれぞれに思っているということが素晴らしいなと思っています。
佐藤 そうですね。町会や商店街などそれぞれに、街をより良くしよう、いろんなことをやってみよう、という気概を感じますよね。それと同時に行政の側も、たとえば長谷部区長には、街の方々のそうした気持ちをフォローして引っ張っていくような行動力がありますね。その双方があることが非常に重要だと思います。
長田 そんななか、渋谷未来デザインはどんな組織である必要があると思いますか?
佐藤 渋谷未来デザインは、最初にスタートした頃はまさに手探り状態ということもあって、各プロジェクトの採算性という意味でも去年おととしあたりから徐々に軌道に乗ってきたような状態かなと思います。これをよりしっかりと軌道に乗せて、継続していくことがなにより大事ですね。いくら社会にとって良いことをやっていても、数年間で組織が破綻するようではいけません。現在、渋谷未来デザインの会員企業は100社を超えていて、それは皆さんが相当な期待を寄せてくださっているということですから、そうした期待に応えるためにも、着実に継続していける組織体であることが重要です。渋谷の街の発展のために、永きにわたって渋谷未来デザインが役割を果たしていくことを期待しています。
事務局長対談シリーズ
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長澤貴淑さん – 渋谷に100年寄り添ってきた“地域金融機関”の社会貢献
石井健一さん – 社会課題を“ビジネス”で解決——20年代のスタートアップの戦い方
髙橋忠雄さん – 渋谷を“助け合いの聖地”に。楽しく笑顔で共に創る防災カルチャー
小野美智代さん – すべての女性に心と体の健康を。最初の“気付き”を渋谷から
井上琢磨さん – 公共空間を活用する魅力的な“前例”をつくり続ける
林千晶さん – 株式会社ロフトワーク 共同創業者|自分が本当に生きたい未来に、とことん向き合う
梶浦瑞穂さん – スマドリ株式会社|飲む人も飲まない人も一緒に豊かに過ごせる文化を、渋谷から全国へ
秋葉直之さん – 株式会社ブーマー|帰属意識と自治を生む、バスケコートへの愛を集める/FDSとの理想的な共創とは?