社会課題を“ビジネス”で解決——20年代のスタートアップの戦い方

事務局長対談

石井健一さん(株式会社ネクイノ 代表取締役)
長田新子(渋谷未来デザイン 事務局長)

ピルのオンライン診察サービス「スマルナ」で知られる、ネクイノ。女性の健康課題を解決する事業を通して、人生全体での医療との関わり方のアップデートを模索する同社の未来へのビジョンや、その実現のために渋谷の街に期待すること、また、開催が迫ったSOCIAL INNOVATION WEEK 2022への期待についてなど、渋谷未来デザイン事務局長・長田がお話を聞きました。

オンラインの強み/渋谷の街の強み

 

長田 まずは、あらためてになりますが、石井さんとネクイノについてあらためてお聞きしたいのですが。

石井 僕は2001年に薬学部を出まして、新卒で外資系の製薬会社に入ったのが医療の世界に飛び込んだはじまりです。2005年にはノバルティスという会社に転職をして、ここで臓器移植のプロジェクトに携わることになり、8年くらいそこで仕事をしていました。
その後、病院向けのコンサルの会社を立ち上げましたが、転機がきたのは2015年、当時のルールが変わって、今でいうオンライン診察——当時は遠隔医療と呼びましたが——それが実質解禁になったんですね。それで仲間を集めてつくった会社が今の「ネクイノ」という会社です。
ただ、オンライン診察の領域で先行している企業と違うモデルをつくる必要がありました。そこで我々が注目したのは、男性のEDだったりAGAだったり、いわゆるコンプレックスに関わるような領域からでした。そこでこそ“オンライン”は力を示すと感じたんですね、病院に行きづらい領域に橋をかけることができるわけですから
その後、女性向けのピルの領域も始めていったというのが最初の経緯です。

長田 面白いですね。それがやがて、我々がご一緒している「#しかたなくない」プロジェクトにつながっていくんですね。

 

<「#しかたなくない」プロジェクト>
カラダや性にまつわる、「しかたない」と諦めていることをあらためて見つめ直し、皆が自分らしく前を向いて生きていける社会づくりを目指すプロジェクト
https://fds.or.jp/pressrelease/412/
https://shikatanakunai.com

 

石井 僕らがやっている、ピルのオンライン診察サービス「スマルナ」というのも、やっぱりタブーとかコンプレックスの領域に対してのサービスで、なかなか人に言いにくいものなんですよね。でもそれを変えていくために、生理やピルのことだけに限らずに、視点をひとまわりふたまわり広く考えて、「#しかたなくない」というキーワードのもと、世の中に対して発信していこうと始めたのがこのプロジェクトです。
渋谷の街のなかで発信していくことが大事だと考えたものの、屋外広告物などにおいては直接的でないかたちの伝え方をする必要がありました。そんななかで渋谷未来デザインさんにお声がけいただいたのが、ご一緒させていただくことになったきっかけですね。

長田 やっぱり渋谷という場所はキーになると考えたわけですね。

石井 さっき、この取材の前にカフェに行ったら、後ろの席に座っている大学生くらいの女性4人組がピルのオンライン診察の話をしていて、そのうちの1人が一生懸命スマルナの良さを他の3人に伝えてくれてたんです。僕、彼女にギャランティをお支払いしたほうがいいんじゃないかと思ったくらい(笑)

長田 すごい(笑)

石井 たぶん、そういう会話が渋谷の街では起こっているんですよね。ネットで口コミで見るんじゃなくて、自分の直接的な友人たちとのコミュニケーションのなかから物事の価値が積み上がっていくような街なんだろうなと思っています。

女性のライフステージにあわせて長く寄り添える存在に

 

長田 これから先、未来に対してはどんなビジョンがありますか?

石井 「スマルナ」というサービス自体は2025年までには決着をつけたいと思っているんですよ。決着というのは何かというと、ピルの普及率。ピルは西洋諸国では、対象人口の30%くらいの方が常用しているといわれています。対して日本は2018年の統計では3%なんですよ。2022年現在でもだいたい6%くらいといわれています。先進国の平均がだいたい17〜18%ですので、あと5年の間でこの水準までもっていくことができれば、「スマルナ」というサービスのひとつのゴールなのかなと思っています。

女性のライフステージの変化にともなうことでいうと、不妊や更年期の課題解決も必要になってきます。「スマルナ」のプロジェクトとしては、ここを2つ目、3つ目の柱としてつなげていくことが次のゴールです。最初「スマルナ」に入って来てくださった方たちが子育てを終えて、また避妊フェーズに戻ってきたりとか、更年期フェーズに入っていかれる方もいらっしゃるので、こういった方々と対話をしていくことを始めていきたいです。

長田 ウィメンズヘルスの軸で長く寄り添っていくような。

石井 そうです。ピルだけじゃなくウィメンズヘルス全体で見て、お客様の医療データをパーソナルファイルとして、それぞれのフェーズを超えた共通プラットフォームのなかで扱える状態をつくっていきたいというのが、2030年に向けたロードマップです。

長田 人生設計とかそういうところも含めて全部見るみたいな。

石井 長い人生を通して横にぴったり寄り添う医療サービスになり得る可能性はあると思っていて、その都度必要な情報を提供し必要な意思決定を支援していくような仕組みができたらと思っています。

長田 自治体もそういうことをやっているじゃないですか、保健士さんとか。自治体との連携も大事なんでしょうか。

石井 はい。いくつかの自治体では、スマルナ相談室を活用していただいたりしています。渋谷区でもそういった取り組みをぜひやっていきたいですね。

長田 そうですね。少しずつフェーズを重ねながら、いずれはプラットフォームとして地域とつながっていくといいですよね。

SOCIAL INNOVATION WEEK、渋谷からうまれていく新しい芽

 

石井 11月8日から始まるSOCIAL INNOVATION WEEK(以下、SIW)では、この1年間やってきたことの成果報告ができると思いますので、すごく楽しみにしています。
また、SIWを通して様々な企業や団体とつながり発展していくことにも期待しています。「#しかたなくない」プロジェクトにおいては、来年も再来年も、生理のテーマについてはもちろん、働き方や教育といった領域でも活動を進めていきますので、「私たちもそのテーマをやってみたい」というように手が挙がってご一緒できたら面白いんじゃないかと思っています。

我々が扱っているようなテーマは、NPOのようなかたちに着地しがちだと思うんですが、ビジネスとして走らせることができればサスティナブルになりやすいと思います。そういうテーマでもちゃんとした収益の柱をしっかりと置いて回していく、そこに投資をしていくかたちが、2020年代のスタートアップの戦い方だと思うんですよ。そういったかたちでの社会課題解決という意味でモデルケースのひとつになれたらと思います。

長田 そうやってどんどん新しい事業が生まれていくのがSIWだったり、渋谷未来デザインというプラットフォームの役割だと思っています。

石井 そうですよね。渋谷未来デザインの会員企業さんともいろんなコラボをしていきたいです。

長田 スタートアップ企業が渋谷未来デザインにはまだまだ少ないので、そういう方たちがどんどんやって来て、いろんな企業とつながって、その次に進んでいくというようなことがもっとできたら。

石井 スタートアップはB向けの企業が多いんですよね。C向けにちゃんとしたサービスをやっている企業が日本では少ない。でもC向けのスタートアップにとっては、地域を巻き込んで何かをしようというのはとても有効だと思います。

長田 今チャンレンジしているC向けのスタートアップが地域と組んで、そこで実験的なことをして、そこからまた新しい芽ができて次につながっていくようなことって、夢があるなと思っていて。

石井 そういうことはスタートアップの役割でもあると思います。単純な「利益×何年分」という企業価値だけじゃなくて、こいつら本当に世の中変えていくぞ、みたいな期待値を高めていくことが大事ですよね。

長田 SIWもしかり、そういった可能性を渋谷の街に見出してもらえたら嬉しいですね。

 

《SIW2022「#しかたなくない」プロジェクト コンテンツ》
 渋谷アイデア会議「それって本当にしかたない?」
 11月11日(金) 19:00 – 20:00 @GAKU & オンライン配信
<登壇>
 石井 健一 株式会社ネクイノ 代表取締役
 永野 久美 Tinder Japan East Asia コミュニケーションズ(広報)シニアディレクター
 シオリーヌ(大貫 詩織) 助産師 / 性教育YouTuber / 株式会社Rine代表取締役
 能條 桃子 一般社団法人NO YOUTH NO JAPAN代表理事

そのしかたないは、きっと全然、しかたなくない。
カラダや性のことを中心に、風通しのよい社会に向けて活動を行うスピーカー達が、それぞれが活動するなかで見逃せない社会イシューや目指す未来についてトークセッションを繰り広げながら「しかたなくない」あれこれについて皆で考えるきっかけを届けます。

《SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA》
 https://social-innovation-week-shibuya.jp

 

 

事務局長対談シリーズ

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井上琢磨さん – 公共空間を活用する魅力的な“前例”をつくり続ける

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