9月3日(土)・4日(日)代々木公園にて、こくみん共済 coop <全労済>と渋谷未来デザイン、渋谷区観光協会の3団体は渋谷区の共催のもと、もしもの「備え」を楽しく体験できる防災・減災イベント『もしもフェス渋谷2022』を開催しました。渋谷未来デザインの特別正会員団体でもあるこくみん共済 coop <全労済>の専務理事・髙橋さんに、あらためてその活動に込めた想いや背景について、お話をうかがいました。
東日本大震災以降「最後のお一人まで」と誓い、続けた活動
長田 まずは、あらためてになりますが、髙橋さんの人となりをおうかがいしましょうか?
髙橋 大学卒業後に、当時の全労済、今のこくみん共済 coopに入会しまして、今年で38年目です。当時は、全労済の加入対象が労働組合の方たちだけだったのを、広く市民の方々にも加入いただけるようにした頃でした。入会当初は宣伝部署で、こんなふうに開かれた全労済になったんですということを広報していく仕事に従事していました。
同時に、全労済職員の労働組合の役員をやったり、その後は事業推進や経営企画の仕事に従事しましたが、自分にとっての転機は2011年の東日本大震災でした。
当時私は本部の部長職で、災害対策の責任者だったんです。私どもの仕事は、現地へ行って調査をし、火災共済、自然災害共済の契約者の皆さんへ共済金やお見舞金をお支払いをすることですが、なんといっても未曾有の大災害ですので、初めてのことばかりでした。全国から大勢の職員を動員して対処していくための指揮官を務めていました。平日は東京でいろんな調整や指揮をして、週末になると被災地域へ行くという、休みなしの生活をしばらくの間続けていました。
そのときに打ち立てた方針というのが、「最後のお一人まで」ということでした。被災された加入者の皆さま、お一人も取り残さずにお支払いをしようということです。それ以前の大災害というと、例えば阪神淡路大震災もいわゆる都市型災害でしたので、被災者の皆さんは比較的、元々住まわれていた地域に残った方が多かったんですね。ところが東日本大震災のときは、そもそも被災地域が非常に広範囲だったこともありますが、津波被害で壊滅状態になった故郷の街から身寄りを頼って出ていかなきゃいけない方々が多かったんです。また、特に福島の原子力発電所の20キロ圏内、避難区域にお住まいだった方々に対しては、最後のお一人まで、つまり日本各地に避難をしていった全ての方々に対してきちんと確認してお支払いをしようということを命題にして取り組んでいきました。
全国から職員を動員して毎日200人〜300人が現地に赴いて調査をしていくという、そういう規模の仕事を続ける日々でした。
私は責任者なので、現地の責任者と一緒にまずは自分たちが一番先に現地を見て、ここだったらうちの職員が入ることができるという判断をした上で指示を出していくわけですが、被害の大きな地域の被災直後の情景やにおい、雰囲気は今でも心に焼き付いています。そういう中にご家族や大切な方を亡くした方たち、我が家をなくした方たちがいらっしゃって、何とか力になりたい、いち早くお支払いをして差し上げなければいけない、という思いがありました。
長田 最終的には最後のお一人までコンタクトできたんですか?
髙橋 震災の翌年に、私はそうした経緯もあって北海道・東北エリアの責任者として5年間仙台勤務になったんですが、その間も継続して取り組みを続けました。原発避難区域の方々に対し、最後のお一人までコンタクトを取ってお支払いができたのは2017年のことでした。
長田 すごい、6年かかったんですね。
髙橋 そうですね。そしてその後、常務理事として東京に戻ってきまして。私が担当する仕事の一つに、町内会や商店街の皆さんとの関わりというのがあったんです。南新宿商店街といって「新宿」という名前がついているんですが、渋谷区なんですよね。そのあたりが渋谷区、ひいては渋谷未来デザインさんとのつながりの出発点になっていくわけです。
地域に貢献し、親しまれることのたいせつさ
髙橋 それまで、地域との交流といっても、そういった会合に参加するのは担当者で、役員が顔を出すということはなかったようでしたし、また地域の夏祭りなんかにも少額の協賛金を出すだけでした。しかし、自分で会合に出たり、夏祭りにはうちの職員がハッピを着て祭りを催す側として参加したりと、意識的に地域と関わっていくことで多くの気付きがありました。それは仙台で地域復興に関わってきたときにも感じたことですが、地域に親しまれない組織は駄目だ、ということでした。
長田 南新宿商店街との積極的な関わりというところから、今度は渋谷区との関わりという風に広がって…。
髙橋 そうです。それが2017年で、ちょうど弊会の設立60周年ということもあって、全労済自体もより親しまれやすくということでリブランディングを行なっている時期でした。愛称を「こくみん共済 coop」としたのもこの頃です。
私たちは渋谷区に所在しているんですが、渋谷区や東京都といった行政と関わりが薄かったんですね。こくみん共済coopは生活協同組合。税制面では、いわゆる軽減税率が適用されています。
ですので、この軽減されている税率に該当する部分のいくばくかを、地域に還元し貢献していく責任が我々にはあると思っているんです。それによって、地域の発展や、地域の皆さんの暮らしの向上に役立つような取り組みを模索してきました。その一環として、渋谷未来デザインさんとご一緒させていただくことになったわけですね。
長田 それが2020年の4月でしたね。
髙橋 そうですね。私たちが掲げている中期経営政策のなかに、「お役立ちと共創」というものがあります。それまでは、自分たちだけで社会のために役に立っていこうと考えていた部分がありましたが、そうじゃなくて、もっと志を同じくする他の人たち、団体の皆さんと手を組んで一緒にやっていきましょう、共創していきましょう、と。
長田 一社単独ではなくて、みんなで一緒になってイノベーションを起こしていこうという姿勢で、渋谷未来デザインという組織はつくられました。みんなをつなぐハブになろう、ということで2018年に立ち上がったので、ちょうどタイミングも合っていたわけですね。
髙橋 渋谷区の基本構想は「ちがいをちからに変える街。渋谷区」ですが、私たちが2019年にリブランディングをしたときのフレーズは「変えないために、変わるのだ」というものでした。創業の理念や精神は変えないけれど、時代や環境の変化に合わせて、変えるべきところは変わっていこうと。本当に守るべきたいせつなことを尊重するために、変わっていく、変えていく、という意味で、渋谷区の考え方と似ていると思っています。
共感と笑顔が集まった「もしもFES」の手応え
長田 先日は、代々木公園で「もしもFES渋谷 2022」が開催されました。
髙橋 実は2021年が、東日本大震災から10年、熊本地震から5年。その前の2020年は阪神淡路大震災から25年という節目の年でした。また来年は、関東大震災から100年が経ちます。これまで私たちが十数年続けてきた防災・減災に関わるの取り組みをアップデートして、渋谷という場所からいろんな情報を発信していきたいということで、「もしも渋谷に大災害がきたら」を命題に据えた『もしもプロジェクト渋谷』を、渋谷未来デザインさん、渋谷区観光協会さんと共に立ち上げました。
「もしもFES 2022」レポートはこちら
長田 「もしもFES」では、みんなが笑顔でこういったイベントに参加しているということに感動したという感想もたくさん寄せられましたね。去年まではコロナでイベント開催が難しかったけれど、これから、渋谷区を含めいろんな企業や団体も巻き込みながら一緒に続けていくということにあらためて意義を感じましたし、やりたいことがようやく少しずつかたちになってきているのかなと思いました。
髙橋さんから見ていかがでしたか?
髙橋 私が率直に感じたのは、こういう呼びかけに対して、これだけ多くの人たちや団体が共感して集まってきてくれるということの素晴らしさでした。そういった意識をみなさんが潜在的にお持ちだったんだなということですね。それらが結集され、もっと成熟していけば、もし何かあったとしてもみんなで助けあえる社会になれるんだろうなと思います。
私たちは「ENJOY たすけあい」と銘打って、もっと助け合いを楽しもう、というメッセージを発信しています。助けたり、助け合ったりというのは、気まずかったり照れ臭かったりするものですが、もっと気軽に助け合いができたらいいですよね。
イギリスで毎年発表されている「World Giving Index(世界人助け指数)※」では、「見知らぬ人、あるいは助けを必要としている見知らぬ人を助けたか」という調査項目で、日本は114ヵ国中、114位と最下位でした。(※Charities Aid Foundation「CAF World Giving Index 2021」より)
長田 そんなに低いんですか。知らなかったです。意外と高そうで、実は低いんですね。
髙橋 でも先ほど長田さんがおっしゃったように、みなさんが笑顔で参加されていたというところで、「もしもFES」を通して、日本でもまだまだいろんなことができるそうだな、ということを思いました。
来場してくれたお客さん、特にこどもたちもそうですが、何よりブースのスタッフの人たちの笑顔がいいなと思いましたね。“やらされ感”じゃなくて、“自分たちがやってる感じ”、みんなが生き生きと取り組んでいる様子がすごく良くて、それはたぶん会場に来られたみなさんにも伝播していくことだと思います。
渋谷から世界へ、助け合いのカルチャーを発信したい
長田 今後、渋谷から発信していく活動としては、どんなビジョンをお持ちですか?
髙橋 渋谷を“助け合いの聖地”みたいにできないかなと思っています。
例えば、私たちのような“協同組合”の世界の聖地というのは、協同組合が発祥したイギリスのマンチェスターと言われます。一人ひとりが少額ずつのお金を出し合って、お互い何か困ったことがあったときに助け合ったという「ロッチデール」という組合が世界最初のものでした。その仕組みがいまでは全世界に広がっているわけです。
それになぞらえて、日本における“助け合いの聖地”を渋谷にできないかなというのが、ひそかな想いです。
長田 いいですね。カルチャーの発信地という面が渋谷にはありますが、“助け合いの聖地”というのはあたらしいですよね。
髙橋 そうですね。渋谷にはいろんな方が集まるので、ここからいろんなところに発信できると思うんです。そういった取り組みに参加したいという人も、潜在的にたくさんいると思います。例えばハロウィンで街が非常に賑わった日の翌日の朝、ゴミを拾ってるボランティアの人たちがいっぱいいらっしゃいますが、そういうのもこの街の文化ですよね。
長田 みんなが少しずつそういう体験をして、優しさや助け合いの心を、渋谷から、あらたなカルチャーとして広げていけたら素晴らしいですね。
事務局長対談シリーズ
小野美智代さん – すべての女性に心と体の健康を。最初の“気付き”を渋谷から
井上琢磨さん – 公共空間を活用する魅力的な“前例”をつくり続ける
林千晶さん – 株式会社ロフトワーク 共同創業者|自分が本当に生きたい未来に、とことん向き合う
梶浦瑞穂さん – スマドリ株式会社|飲む人も飲まない人も一緒に豊かに過ごせる文化を、渋谷から全国へ
秋葉直之さん – 株式会社ブーマー|帰属意識と自治を生む、バスケコートへの愛を集める/FDSとの理想的な共創とは?
中馬和彦さん – KDDI株式会社|メタバースに文化は根付くか? 時代を捉え変化し続けることの重要性