自分が本当に生きたい未来に、とことん向き合う

渋谷未来デザイン事務局長対談

林千晶さん(株式会社ロフトワーク 共同創業者)
長田新子(渋谷未来デザイン 事務局長)

今年度、5期目を迎えている渋谷未来デザイン。その発足当初からFuture Designerとして参画していただいている林千晶さんに、事務局長・長田があらためてインタビュー。ご自身は今年の3月に株式会社ロフトワークの会長職を退任し、あらたなキャリアに進んでいくところという林さん。そのキャリア観、ひいては人生観について、明るく語ってくれました——

あたらしく踏み出す一歩、その「怖さ」に向き合って考えた

 

長田 ご自身が創業者でもあったロフトワークを3月に退任されましたね。でも、このタイミングというのにはなにか理由があったんですか?

 ひとつは、自分の子どもが成人式を迎えたこと。実は私の子どもとロフトワークは、ほぼ同じ時期に生まれたんです。2000年の2月に会社を立ち上げて、その年の6月には妊娠が分かって。その子が2021年に成人したんですね。それで親としてそろそろ子離れしなければと思うようになったんです。「いつまでも親がいないと生きていけない」というのは、親がそう思いたいだけなんじゃないかなって。
20年間でこれだけ人間は大きくなる。それなら会社だって、この20年で大きくなってるんですよね。もちろん、子どもが成人したから今後彼と一切関わらないっていうわけではない。けれど、彼の人生を決めていくのは彼自身なんです。それなら、ロフトワークという会社も、次の戦略を決めていくのは、新しい世代なんだなと考えたんです。

これからのロフトワークは、“創業者の会社”から“普通の株式会社”に変わって、ずっと存続していくような会社を目指していくのだと思います。ずっと、といっても永遠ではないのかもしれませんが、少なくともこれからあと50年はあったほうがいい会社だと思いませんか?この土地の未来を魅力的にしていくために、長期的な目線でどういう開発をしていったらいいのか。面白いものをつくり続けるために、ロフトワークは社会にとってこれからも必要だと思うんですよね。

長田 そもそもロフトワークをつくろう思ったのはどんな思いからだったんですか?

 私はもともと花王という会社にいて、その頃までは、社会が求めるものに応えようとしてきた——もっと分かりやすく言うと、社会的に「かっこいいね」って言われる人生を生きようとしてきたんですね。でも「これは違う。私がやりたいことじゃないんじゃないか」と思うようになってきて、自分がやりたい、自分の人生を生きようと思ったんです。つまり、社会が「いい」っていうことと自分が「いい」と思うこととの間にどんなにギャップがあっても、自分が信じた道の方を生きよう、と。そう思って花王を辞めました。
それ以来、自分、もしくは自分も含めた「私たち」は、どういう未来が本当に欲しいのか、という考え方で生きるようになりました。ロフトワーク設立以降は、社会的にいいといわれていることを実現しようとするのではなく、私も含めた「私たち」が欲しい未来をつくっていくために生きてきたと言えると思います。

長田 面白いですね。

 花王を辞めて、3ヶ月くらいじっくりと考えて。でも実はそこからすぐにロフトワーク設立には至らないんですけどね。じっくり考えて、「そうだ、ジャーナリストになろう」と思って。

長田 ジャーナリストですか。

 物よりも、もっと情報が大切だと気付いて、「ものづくりをやってる場合じゃない」と思ったんですね。それで、ジャーナリズムだとか、コミュニケーションに興味を持って、アメリカで大学院に通い始めたんです。

長田 会社を辞めて新しいフィールドに行くという決断に対して、怖さはなかったですか。

 怖かったですよ、すごい怖かった。でも、怖かったからこそ、何が怖いのかっていうことを自分なりに突き詰めて考えたんです。結局、失敗するのが怖いんだけど、でも、失敗したときの最悪の結果ってどういうことかと想定してみると、それって思ったほど怖くないことだったんですよ(笑)。
だって住むところだって、どこもなくなれば実家に住めばいいと思ったし、着るものだって、ほんとは何でもいいと思えたんです。食べるものも、1日最低500円くらいだったら、私は稼げると思った。そういう暮らしをすることよりも、今自分が自分の人生を生きられていないことのほうがよっぽど最悪で怖いことだと思ったんです。だから「やるしかない」っていう気持ちでアメリカに留学したんですよね。

 

本当に欲しい未来のために、次に踏み出すステップは

 

長田 そして今また、キャリアの大きな転換期を迎えているわけですよね。

 そうですね(笑)。ロフトワークをつくったときは、信用が全くない状態で、投資を得ることが本当に難しかった。これからやりたいことに共感してもらうしか方法がなかった。でも今私が新しい会社をつくりたいというと、それだけでいろんな人が興味を持ってくれるんですね。実はそれって怖いことだなと思っていて。

長田 それはどうしてですか?

 多くの人は、私が本当にやりたいことを見てくれているのではなくて、私の今までの20年を見ているんですね。きっと私がどんなことをやりたいと言っても「面白いですね!」と言ってくれるんです。だから自分がやりたいことに、自分がしっかりコミットして、考えていかないと駄目じゃないかなと思っています。
私が考えていることって、短期的に儲かることではないんです。だけど長期的に投資をしないといけないことって、世の中にいっぱいあると思うんですよね。そういうことに投資を回していきたい。だから、出資をしてくれるという人には「儲からないですけどいいですか?」と言っています。儲からなくても、未来の兆しを知ることが大切なんだという考えを持っている人からはぜひ出資してもらいたい。
だからそういう意味では、渋谷未来デザイン(以下、FDS)の会員企業とのパートナーシップと似ている部分もあると思います。

長田 確かに。基本的に、ただ単に企業ロゴを露出してそれで終わり、というようなパートナーシップではないですし。そういう面でも我々がお互いに連携したらいいかもしれないです。

 本当に。

長田 ひとりで戦うのって、つらいじゃないですか。

 つらいですよね。私が付いてるから、一緒にやろう!

長田 ちなみに、これからどんなことをしようとしているのか、今の段階で言える範囲で話してもらえますか?

 まだ言えないことばかりだけど……新しく会社をつくります。その会社は「地方」にフォーカスを置いた活動をしていく会社。だけどその目的は、都心と地方の新しい関係をつくることです。

今までは都心中心で日本が回ってきたところがあるけれど、これから人口が減っていくなかで、解決しなきゃいけない課題がきっといっぱい出てきます。それもまずは都心ではなく地方から。地方の場合はこの5年でもどんどん人口が減っていっていますから。

これまで日本で100年かけて増えてきた人口が、この先100年で元に戻るといわれています。そのなかで生活も元に戻っちゃうるんじゃなくて、より幸福に暮らす方法があると思うんです。
そういう意味で、地方での新しいライフスタイルをプロトタイプする。人口が減りながらも文化が成熟していくなかで、今だからこそ可能な新しい取り組みはどんなことなのか。それを見つけながら、ひとつずつ行動に移していきたい。そこには必ず都心での暮らしにも反映できることがあるはずです。

長田 これは、もっとちゃんと話せるタイミングになったらあらためてお話を聞きたいですね。

 最初は秋田と東京と、その間というところで富山。その3箇所を拠点にやっていくと思うので、ぜひ足を運んで見に来てください。

長田 秋田や富山と渋谷の新しい関係を。

 そう。きっと新子さんのことだから、来たらまた何か新しいつながりをつくっていくと思いますよ。

 

Future Designerとしてできること

 

長田 FDSには今9名のFuture Designerがいます。林さんには設立当初から参画してもらって、今年で5年目になりますね。

 でもFDSという組織のなかでFuture Designerとしてもっとどういう貢献ができるんだろう、というのはずっと思っています。

一方で、Future Designerっていうものは、そもそもFDSという枠組みの中からどんどん出ていって活動していくものだと考えると、自分たちのあるべき姿が見えてくると思っています。

長田 おなじくFuture Designerの佐藤夏生さんもこの前、やっぱりFDSのFuture Designerというよりは渋谷区のFuture Designerのように考えるべきなんだと言っていました。

 そうですよね。FDSの未来というよりも、渋谷区の未来をデザインしていく役割。今どういう未来をつくっていったらいいかっていうことには私、とことん向き合って活動しているから、そういう意味で貢献できることはたくさんあります。
Future Designerが今どういう活動をしているのかを、定期的に集まって報告して、それをFDSの事務局の人たちがプロジェクトに落とし込んでいく——そういう連携の仕方がこれからもっと増えていくといいですね。

長田 そうだと思います。一個一個のプロジェクトに具体的に入り込んでいくと視野は小さくなっていくじゃないですか。そこは渋谷区のFuture Designerという観点で、広い視野をもって未来をデザインしていくのが役割なんだと思います。

 これまでロフトワークを経営してきました。そして、これからは新しい会社をやりますっていうときに、その基盤となる場所が渋谷である意味って、やっぱりあるんです。そういう渋谷ならでは磁力みたいなものがあって、その渋谷に対して貢献するために、こんな連携ができるよねっていうところをこれからも模索していけたら。

長田 そうですね。よろしくお願いします。

 

事務局長対談シリーズ

梶浦瑞穂さん – 飲む人も飲まない人も一緒に豊かに過ごせる文化を、渋谷から全国へ

秋葉直之さん – 株式会社ブーマー|帰属意識と自治を生む、バスケコートへの愛を集める/FDSとの理想的な共創とは?

中馬和彦さん – KDDI株式会社|メタバースに文化は根付くか? 時代を捉え変化し続けることの重要性

澤田伸さん – 渋谷区副区長CIO|「答え」より「問い」をつくり投げかけていく組織に

小澤真琴さん – ニューバランスジャパン|走る悦びも、女性特有の生きづらさも、地域や人との対話で共通のアジェンダに

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