2019年には「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」を共に立ち上げ(渋谷区観光協会との3社による)、2020年1月には「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」へと昇華、同5月にはコロナ禍のなか渋谷区公認のメタバース「バーチャル渋谷」の公開へと至った、渋谷未来デザイン(以下、FDS)とKDDI。
今回はそんな先進的なプロジェクトを共にしてきたKDDIの中馬さんに、あらためてこれまでの取り組みを振り返っていただき、また今後の展望についても語ってもらいました。
世の中の変化を捉えいち早く行動するための柔軟性
長田 FDSとKDDIのこれまでを簡単に振り返ってみましょうか。
中馬 そうですね、僕らがFDSに特別正会員企業として参画したのが2018年で、ちょうど「5G」をローンチさせる前年なんですよね。当初5Gって、従来の4Gとは違う周波数帯を使う想定になっていて、その特性上、限られたエリアでしか現実的な運用が難しいと言われていたんですね。ある特定のエリアでしか使えないということは、例えばあらゆるエリアの情報が必要な地図サービスのようなものは5G向きの施策とは言えず、その特性に合ったサービスを考えて実装していく必要があったんです。そんななか5Gと「街」というものを考えてみたい、そしてそれは熱量の高い街である必要があって、どうしても渋谷と一緒に新しいエンターテイメントを表現していきたいという思いがありました。
KDDIのアイデンティティーとしてエンタメという分野に対しては自信があり、渋谷というエンタメカルチャーの街にテクノロジーを掛け合わせてなにかやろうというときに、僕らにできることがたくさんあるんじゃないかいう強い思いもあり、渋谷区に対してラブコールをさせていただきました。結果として「渋谷エンタメテック推進プロジェクト」が始まり、だんだんと「バーチャル渋谷」にまでつながってきたという感じですね。
長田 当初は、都市と連動したメタバース = バーチャルシティをつくり上げることになるって予想してはいなかったと思うんですけど、どうですか?
中馬 コロナ禍になってすごく方向性が変わったということはありますね。
元々はリアルの中にデジタルを投入するARを使って渋谷の街をみんなで盛り上げたかったけれど、折しもコロナ禍になって、そもそも街に人が来られないという状況になってしまった。そんな状況にたまたま「バーチャル渋谷」がハマりデジタルの中にデジタルを作り出すメタバースの取り組みがメインになっていったので、当初の想定とは違うかたちで渋谷区との取り組みが深くなっていったという経緯でした。
長田 そうでしたよね。KDDIとして他の事業でも、コロナ以降の時代の変化に合わせて方針が変わってきている部分っていうのはありますか?
中馬 僕らっていわば、すごくポリシーのない会社なんですよ。それがいいところで。そもそも僕ら、基本的にゼロイチの新規事業企画みたいなことを内製でやらない会社なんです。
どうするのかというと、世の中のそれぞれの分野で特化した人たちに出資したり、手を組んだりといったパートナリング戦略で新規事業を立ち上げる、というふうに割り切ってるんです。最近の言い方で言うと「オープンイノベーション」ですね。だから僕らは自力で勝負するんじゃなくて、むしろ柔軟性が大事。僕ら自身がどうしたいというのではなく、世の中の流行ってるものをいち早く捉えて、それをKDDIという通信会社が一緒になることで大きくしたり普遍化できたりする。そのあたりが僕らの役割だと思っているので。僕らが触媒になって、裾野を日本中、老若男女にロールアウトできるっていうのが僕らの強みだと思っています。
だから、コロナ禍以降に変わったことというと、とてもたくさんあり、それは当然なんです。なので最近の時代の変化自体はすごくポジティブに捉えています。
文化の種をメタバース内で育む、世界一のバーチャル渋谷に
——そんななか、「渋谷5Gエンターテインメントプロジェクト」として近い将来に考えていることはどんなことですか?
中馬 FDSと一緒にやってきて、いちばん目に見える成果になったのがバーチャル渋谷じゃないですか。だからやっぱり軸はバーチャル渋谷になると思っていて、ここまで来たらバーチャル渋谷を世界一にするっていうのをベースにしていきたいなと思っています。
現状で言うとバーチャル渋谷はこちらから何かを仕掛けて人に来てもらうというような“都市イベント型プラットフォーム”になっていると思うんですが、本質的にメタバースというのは、本来のリアルな街がそうであるように、なにかイベントがあるときにだけ訪れるというのが理想形ではないと思っています。日々ふらっと、友達と「どこ行く? とりあえず渋谷でも行く?」と言って訪れるのが渋谷のはずだから、バーチャル渋谷もそういうふうな街にしたいと思ってるんですね。
そのためには、人が人を呼ぶ構造をつくる必要があります。僕らから仕掛けてバーチャル渋谷に来てもらうんじゃなくて、個々人が主体的にバーチャル渋谷に集まって、さらに人が人を呼んでいく構造に転換していきたいと思っています。今年はそういったことにチャレンジする転換点になれば。
——具体的にはどんなことを考えていますか?
中馬 人が人を呼ぶ、といってもいきなりできるわけではないですよね。たとえばリアルな渋谷の街なら、なぜ若者が集まり始めたのかと考えると、やっぱり渋谷にすごいこだわりのセレクトショップがあるとか、美容室やレコード店があるとか、そういうところにいわゆる“カリスマ店員”さんだったり、こだわりのある人、かっこいい人たちがいるから、その場所に人が来る。ファッション感度とかカルチャー感度の高い人たちが集まっている場所に、一般ピープルがより集まる、という構造だと思います。
この点で言うと、一番最初のカルチャー感度の高い人に、いかにバーチャル渋谷に定着してもらうかが大事だと思っていて。たとえば、普段ライブ配信でパフォーマンスをしたりおしゃべりをしたりしている人たちをどんどん誘致してきて、楽しんで発信してもらえるような環境をつくっていこうかなと思っています。
長田 そのなかで、渋谷区やFDSに対して期待することはどんなことですか?
中馬 バーチャル空間で街をつくるとなると、実際どのようにでもつくれるわけです、なぜならバーチャルだから。別に渋谷である必要もないし、自由に街をつくることもできるけれど、でも僕らは、渋谷のストリートカルチャーやエンタメカルチャーというのをいかにバーチャルの中で再現性を持ってやるか、というところの軸をブラさずにやっていきたいと思っています。もちろんそれは僕らだけの力じゃできなくて、さっき言ったように僕らの役割は広くロールアウトしていくこと。渋谷のカルチャーの種を培養して広くメタバース空間の中にロールアウトしていくのが僕らの役割だとすると、最初の種の部分はやっぱりFDSさんや渋谷区さんを通じて、現場でカルチャーを支える人たちに引っ張っていってもらいたいと考えています。
また、FDSのパートナー企業のなかにも渋谷カルチャーを代表するような企業さんがたくさんいらっしゃるので、みなさんからもぜひ、いろんな種をどんどんインプットしてもらいたいなと思っています。僕らはそれをいかに普遍化できるかというところに注力していきたいです。
環境に適応し昨日までの自分をアップデートし続ける
——中馬さんの頭の中には、だいたい何年先ぐらいまでのバーチャル渋谷の未来が浮かんでいますか?
中馬 「こういうふうになったらいいな」というのはありますよ。それがいつなのかというのは正直、世の中の状況に応じて変えていかなきゃいけない部分なのでわかりませんが。たとえば、同じメタバース体験でも、スマホでやって感じられることとVRヘッドセットを使って感じられることは全然違うじゃないですか。それをどっちに置くかによってサービスも変わってくるんだけれど、ヘッドセットよりも軽くて2~3時間装着しても気にならないような眼鏡みたいなXRゴーグルがこれから出てきたら、また変わりますよね。でもこれに関しては今の段階では判断できないんです。
世の中の人たちに楽しんでもらえる「バーチャルでしかできない体験」というのがどんなものなのか、というイメージはあるんですが、それをどういうステップでどういう時間軸で実現していくのかというのは、世の中の環境に適応しながらやっていくことだと思っています。
長田 やはり世の中の動きに対して柔軟に対応していくということを徹底しているわけですね。
中馬 そうですね、とはいえこの先にある目標のひとつは「渋谷から世界へ」だと言えると思います。
デジタルには、ひとつのアイデアを、再現性を持って普遍的に広げやすいという利点があります。アナログのものって、同時に一気にスプレッドアウトすることができないけれど、デジタルだったら、たとえば渋谷でやったことを国内外の他の都市へ移行させていくことができると思います。
そうした目標は見定めながらも、その方法論はこれと決めていない、ということです。実際は結構細かいところまで考えてることはあるんですけど、結局そのとおりにはならないですよ。世の中は常に変化しますから。考えたとおりにならないときに、それを日々アップデートするというのが基本的なスタンスなんですね。
僕は若手社員にいつも「昨日の自分を否定せよ」と言っています。いわゆる「朝令暮改」ですね。朝こう言っていたのに、夕方には言うことが変わるというのは、一般的には駄目なことだと思われてるじゃないですか。でも、世の中のテクノロジーもどんどん変わっていって、コロナみたいなことで環境も変化していくのに、「いやいや、これは決めたことだから」と、頑なに変えようとしないのはおかしい。最新の状況に、常に自分たちの考え方をアップデートする。過去の自分を否定し続けて企画やアイデアをアップデートし続けることで、世の中の人たちにタイムリーにサービスを提供できると信じてるんですね。そこは徹底していますので、すごく柔軟ですよ。
事務局長対談シリーズ
中馬和彦さん – KDDI株式会社|メタバースに文化は根付くか? 時代を捉え変化し続けることの重要性