京王線笹塚・幡ヶ谷・初台駅、それぞれの頭文字から名付けられた「ササハタハツ」。このエリアでは2017年度から、地域住民や企業、行政などが一緒にまちの未来を考える「ササハタハツまちづくりフューチャーセッション」が重ねられてきました。その流れを受け、2020年に共創のプラットフォームとして誕生したのが「ササハタハツまちラボ」です。
地域の人の「やってみたい」を支える「ササハピ」や、公共空間を舞台に活動の場とつながりを生み出す「マルシェ」、コミュニティ菜園の運営支援など、さまざまな実践を積み重ねてきたまちラボは、2026年4月に一般社団法人へと新たな一歩を踏み出しました。
任意団体として培ってきたものを、これからどう育てていくのか。一般社団法人ササハタハツまちラボ代表理事の坂倉杏介さんと、事務局長の真柴裕哉さんに、これまでの歩みと法人化の意義、そして地域・企業・行政がともにつくるこれからのまちづくりについて聞きました。聞き手は渋谷未来デザインの長田新子です。
坂倉杏介
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師を経て、東京都市大学教授に就任。多様な主体の相互作用によってつながりと活動を創出する「コミュニティ・プラットフォーム」という視点から、コミュニティの形成過程やワークショップの体験デザインを実践的に研究。2026年4月より一般社団法人ササハタハツまちラボの代表理事に就任。
真柴裕哉
多摩市生まれ。高校生になるタイミングで渋谷区本町へ引っ越し。大学時代にまちづくりを学び、地域のまちづくりに携わりたいとの思いから渋谷区に入区。国民健康保険課を経て、渋谷駅周辺整備課で5年間、渋谷駅周辺のまちづくりに従事。より地域住民と関わるまちづくりを志し、2019年にまちづくり課へ異動。自身のルーツでもある笹塚・幡ヶ谷・初台駅周辺エリアのまちづくりに携わり、ササハタハツまちラボの立ち上げから参画。2026年4月にはササハタハツまちラボを一般社団法人化、事務局長として従事している。

「やってみたい」を実現するためのプラットフォーム
長田:まず真柴さんが、ササハタハツのまちづくりに関わるようになった経緯から教えてください。
真柴:私自身、母が笹塚、父が本町の出身で、高校時代からは私も本町に住んでいました。自分のルーツがあるこのエリアでまちづくりに関わりたいと思い、希望して2019年に渋谷区のまちづくり課へ異動しました。
当時すでにこのササハタハツエリアでは「ササハタハツまちづくりフューチャーセッション」が行われていて、「まちのために何かやりたい」という人も、アイデアもたくさんありました。一方で、それを実際の活動にしていくための仕組みがまだ十分にはなかった。そこで、行政だけではなく民間事業者のノウハウも生かしながら、地域のアイデアを実現まで支えるプラットフォームをつくろうと、「まちラボ」の具体的な形が考えられ始めました。
長田:そこから「ササハピ」やマルシェなど、今につながる取り組みが生まれていったんですね。

真柴:「ササハピ」は、まさにまちラボの成り立ちを象徴する事業です。地域の人が持っているアイデアや挑戦したい気持ちを、実際のプロジェクトとして立ち上げ、続けていけるよう後押しする。そこがまちラボの根幹にあります。
「マルシェ」も、単に物を売るイベントとして始めたわけではありません。玉川上水旧水路緑道の再整備が進むなかで、完成してから使い方を考えるのではなく、その前から地域の人たちと公共空間を使ってみる。日頃の活動を表現したり、新しい人と出会ったりする機会をつくることで、整備後にも地域主体の活動が自然に続いていく状態を目指してきました。
長田:最初からスムーズだったわけではないですよね。
真柴:そうですね。マルシェを始めた頃は、地域の商店街の方々から「既存の商売と競合するのでは」と心配されたこともありました。そのたびに何度も話をして、目的を説明して、次はこう改善しますと対話を重ねました。そうすると少しずつ関係が変わって、やがて応援してくださる側に回ってくれる。
やる前に説明することももちろん大事ですが、実際にやってみて、それを見てもらい、対話を続けることで初めて生まれる信頼もある。この数年で、それはすごく実感しました。

約10年かけて、まちの「土壌」を耕してきた
坂倉:今の話を聞いていると、2017年にフューチャーセッションが始まってから現在までの約10年は、この地域の土壌を耕す期間だったんだと思います。
いろいろな人が集まり、顔見知りが増えて、「まちラボ」という名前をなんとなく聞いたことがある人や、緑道で何かやっているよね、と知っている人が少しずつ増えてきた。私も代表理事になってから、「実はあの辺りに住んでいます」「まちラボ知ってます」と声をかけてもらうことがすごく増えました。
一つひとつの事業をすべて理解しているわけではなくても、「この地域では何か面白いことが起きている」という感覚が広がっている。こういう状態は、短期間でつくれるものではありません。長い時間をかけて積み重ねてきたこと自体が、とても大きな財産だと思います。
長田:行政と民間が一緒に関わりながら、時間をかけて続けてきたことも特徴ですよね。
坂倉:そう思います。行政だけ、民間だけで一つのプロジェクトを動かすと、どうしてもその事業単体の成果が求められ、事業が終わればそこで一区切りになりがちです。
一方、ササハタハツではいろいろな主体が関わり、複数の取り組みが同時に動いてきました。一つの事業から一つの成果が返ってくるというより、いろいろなことをやり続けるなかで、人と人の関係や次の活動の芽が生まれていく。結果として、地域全体に「これから何かが起こりそうだ」という機運が育ってきたのだと思います。
これまで耕してきた土壌を、今度はどう混ぜ、どう動かし、そこからいろいろなものを芽吹かせていくのか。それが一般社団法人になったまちラボの、これからの役割だと考えています。

現場で決め、現場から動く。法人化がもたらす変化
長田:坂倉さんは今回代表理事を務められるにあたってどんな思いをお持ちでしたか?
坂倉:最初に話を聞いた時は、正直「自分にできるかな」と思いました。ただ、真柴さんたちが事務局に入り、実際に現場を動かしていくと聞いて、それならぜひ関わりたいと思ったんです。
法人をつくったからといって、自動的に活動が生まれるわけではありません。大切なのは、地域との関係を持ち、思いを持って動く人がそこにいることです。既に決まっている仕事を進めるだけではなく、新しい人と人をつないだり、そこから新しい活動を生み出したりする。そういうダイナミックな動きができる真柴さんのような人たちが事務局にいると分かって、これまで育ててきた土壌から、さらに新しい芽を出していけると感じました。
法人化そのものも、今のタイミングではとても重要だと思っています。任意団体のままだと、何かを決めるたびに、それぞれの組織へ持ち帰って意思決定をしなければならない場面が出てくる。一般社団法人として現場に意思決定の主体ができることで、もっと柔軟に、スピード感を持ってアクションを起こしやすくなると期待しています。
長田:真柴さん自身も、渋谷区からまちラボへ出向することで仕事の仕方が大きく変わったのではないですか。
真柴:大きいですね。これまではまちづくり課の業務の一つとしてササハタハツを担当していたので、実際に使える時間は全体の3〜4割ほどでした。それが今は、まちラボの仕事に100%向き合える。地域に出ていって人と話し、関係をつくり、人と人をつなぐことにしっかり時間を使えるようになりました。
行政の仕事は、どうしてもサービスを提供する側と受ける側という関係になりやすいのですが、ササハタハツでまちづくりに関わって、その感覚が大きく変わりました。この地域には本当に面白い人がたくさんいて、みなさんと対話しながら一緒に何かを生み出していくこと自体が楽しいんです。仕事を超えて友人のような関係になった人もいます。
もっとフットワーク軽く地域に入り、人と人をつなぎ、そこから新しい循環が生まれる。その最前線にいたいというのが、今の自分のモチベーションです。

地域の「種火」を育てることが、まちの力になる
坂倉:ササハタハツまちラボは、渋谷区の事業を遂行するためだけの組織ではありません。地域に住んでいる人、関わっている人が持っている知識や経験、「こんなことをやってみたい」という思いをつなぎ合わせて、一緒に形にしていく地域共創の組織だと思っています。
私はそういう一人ひとりの思いを「種火」と呼ぶことがあります。やってみたいと思っていても、一人では実現できなかったり、始めてみたけれど続けるうちに疲れてしまったりする。そんな時に、人を紹介したり、地域の外にある資源とつないだりしながら、その火を消さずに育てていくことが必要です。
そして、まちラボの活動の成果というのは、すぐに目に見えるものばかりではないと思っています。たとえば、なにかまちラボの活動に関わった人たちが、その後も顔を合わせたり、時には飲み会をしたりする。今すぐ何かが始まるわけではなくても、そうした時間の中から新しいつながりやコミュニティが生まれていきます。「この人たちとなら何かできそうだ」という感覚や関係性を地域に少しずつ蓄えていくことも、長い目で見れば、まちづくりの大切な土壌になると思っています。
長田:今後は企業との関わりも、さらに広げていきたいですよね。ただ、地域とのこうした取り組みには時間がかかる一方で、企業では短期的な成果も求められます。そこをどうつないでいくかは大きなテーマだと思います。
坂倉:企業が自分たちのやりたいことを街で実施して終わり、あるいは街の課題を企業が解決して終わり、という関係だけではない形がつくれると面白いと思います。
企業が地域に長期的に関わることが、その企業にとってのブランディングや研究開発、新しいサービスやコンセプトを考える機会にもなり得る。一方で地域にも、企業が関わるからこそ生まれる新しい価値がある。その双方にとっての意義を探り、うまく接続していくのも、まちラボの役割ではないでしょうか。「ラボ」ですから、完成形を最初から決めるのではなく、いろいろな可能性を実際に試していけるといいですよね。
真柴:ササハタハツまちラボの強みは、地域の人たちとのつながりの深さだと思っています。地域で活動している人の顔が見え、誰と誰をつなぐと新しいことが起こりそうかを考えられる。その関係性そのものに価値を感じてもらい、企業にとっても地域にとっても良いことを一緒につくる。法人化を機に、そういう企業共創もこれまで以上に育てていきたいです。
長田:最後に、地域の皆さんに伝えたいことをお願いします。
真柴:まちラボは、地域の人たちの前に立って何かをするというより、黒子として「やってみたい」を支える存在でありたいと思っています。街のために何かしてみたい、自分のやりたいことをこの街で形にしてみたいという気持ちが少しでもあれば、ぜひ気軽に相談してほしいです。ササハピやマルシェをはじめ、チャレンジするための仕組みや場を用意しながら、一緒に実現する方法を考えていきます。

坂倉:まちラボに関わることで、これまでとは違う人間関係が開けていく面白さもあると思います。仕事のつながりとも、昔からの友人関係とも違う、同じ街に暮らしているからこそ生まれるつながりです。思いがけない人が近所に住んでいることを知ったり、そこからまた別の世界が広がったりする。
そういう関係が増えると、「この街で暮らしている」という実感や暮らし心地もきっと変わっていくはずです。身近な生活の延長線上にある取り組みでありながら、都市の住宅地における新しいまちづくりのモデルとして、世界にも発信できる可能性がある。私自身も大学という立場から、その実践を支え、ここで生まれた知見を社会に広げていきたいと思っています。
たくさんの人の小さな「やってみたい」が芽吹き、つながり、また次の活動を生んでいく。一般社団法人として新しいフェーズに入ったササハタハツまちラボは、完成形を目指すのではなく、地域とともに変化し続ける“ラボ”として、これからのまちのあり方を探っていけるといいなと思います。



