まだない未来をつくるだけでなく、何を未来に残すかも大切

佐藤夏生さん(渋谷未来デザイン Future Designer)

ブランドの課題解決ではなく可能性創造をリードするブランドエンジニアリングスタジオ 「EVERY DAY IS THE DAY」のクリエイティブディレクター/Co-CEOであり、渋谷未来デザイン(以下、FDS)のFuture Designerである佐藤夏生さん。
近頃はどんなことを考え、実践しているのか——お話をうかがっていくと、渋谷の未来のつくり方から、おいしいコーヒーの大切さ、そして、より豊かな人生を送るための働き方のお話へと発展していきました。

新しい価値観の芽を見つけ、伸ばし、広げていくのがFDSの役割

 

——立ち上げ初期から関わっていただいている佐藤さんから見て、FDSはどんなふうに見えていますか?

そもそも渋谷区がFDSという機能をつくったという点こそが一番興味深いと思っています。渋谷がどういうふうになっていくことが社会にとって良いのかということを考える機会、場所、時間を持てるようになったのは大きいですね。

いま僕がやろうとしていることは、別に渋谷区を流行の最先端や消費の最先端にすることではなくて、新しい価値観に触れられる場所、次の時代の価値観に触れられる場所にすることだと思っています。それが渋谷区の価値だったり役割だと思うんですよね。
同じまちづくりでも、地方創生の仕事は、経済をどう発展させるかということにゴールがあると思いますが、渋谷区はそうじゃない。新しい価値観に触れられる場所であることを目指すのが、ダイバーシティ&インクルージョンを推進する渋谷の成長の軸というか、あるべき姿じゃないかなと思いますね。

たとえば僕が学生の頃は、渋谷は流行りのものを買いに行く場所でした。今もそういう側面はあると思いますが、そこをさらに発展させたいわけじゃなくて。渋谷が次の時代の新しい価値観に触れる場所になるように、個々のアクションを設計していくこと、を自分のテーマとしてFDSに関わっています。

——佐藤さんご自身の個人的な「新しい価値観」というと、最近はどんなことに興味を持って暮らしていますか?

例えば、僕は昔から車が好きでずっと乗っているんですけど、今の車は壊れると部品をまるごと交換してしまう。でも昔は修理していたんですね。車に限らず、修理する文化っていうものが無くなっていったのが平成の時代だったと思います。最近は靴とか、愛着のあるものは修理して長く使っていくというカルチャーも一方で出てきているじゃないですか。新商品だったり限定品であることに意味や価値があった時代があって、その側面ももちろん残るんだけど、一方で修理しながら長く使い続けていくということが素敵だし、価値が高まってきていると思います。

いろんな価値観の萌芽みたいなことが起きている中で、それを文化のレベルまで高めていくことを、まちがリードしていけると良いなと思います。萌芽を見つけ、伸ばし、広げていく。たくさんの人に参加してもらえるムーブメントにすること。それを文化として残していくことが、渋谷のまちやFDSの役割なのではないでしょうか。

渋谷“未来”デザイン、というと、いまはまだないワクワクを新しくつくっていく組織のように見えてしまうと思うんです。“未来”という言葉にそういう印象を持っている人は多いですから。でも、いまはまだないワクワクをどう生むかと同じように、絶対にこれを残したい、あるいは伸ばしたい、というものもあると思います。
“未来”というと「空飛ぶ車」みたいな話になりがちだけれど、僕にとって“未来”というのは、モノを修理しながら長く使うということのように、既に存在する価値や価値観の中で将来世代に手渡すバトンみたいことだと思いますし、FDSのFuture Designerという立場においては、そういう視点で渋谷と関わっていきたいですね。

 

効率よりも優先すべきこと/おいしいコーヒーの魔法

 

僕は子どもが小4なんですけど、リモートワークが普及してすごく子育てがしやすくなったというか、男性の子育ての機会が増えましたよね。過去にこんなに男性が子育てに関われている時代はなかったと思います。女性が昔から当然のようにやっていて、ことさらいま男性がやっている、みたいなことではなくて、男性がここまで子育てに関与できて楽しんでいる、それを社会がバックアップしてくれる時代になったと思うんです。もちろんコロナで苦しんでいる方もいるので言い方がむずかしいですが、これはある種のコロナレガシーだと思います。この男性子育てをどうやって渋谷区のレガシーにしていくか、というのは取り組んでいきたいです。

——僕も男性で子育てをしているひとりですが、たとえば夜、ちょっと子どもの寝かしつけがあるので会議に入れません、とか、割と堂々と言えるようになったという実感があります。昔はもうちょっと申し訳ない気持ちになったり、あるいはできなかったりしたことなんじゃないかなと。それがだんだんと、「ちょっとイイこと」として見られるようになったというか、格好いいねと言われるようになってきたような気がします。

僕の会社では子どもを会社に連れてきていいよと言っていて、それが当たり前になってきています。先日も、得意先への大事なプレゼンの席でメンバーのひとりが赤ちゃんを抱っこしていたんです。でもプレゼンの最中に赤ちゃんが泣いてしまって、ほかのメンバーがその間だけ赤ちゃんを引き取りにきて、向こうのほうであやしている、という状況になったんです。それをクライアントもニコニコして見ていたんですね。
その様子を見てハッとしたんです。会社を経営していると、会社の業績が上がったとか、目標値に到達したとか、いろんなベンチマークがあるじゃないですか。でもこうして、会社に赤ちゃんを連れてくるだけでなく、クライアントトップへのプレゼンに赤ちゃんがいるという状態が許されていて、且つ、クライアントもニコニコしているという状況に、すごく会社の成長を感じたんです。経営者として、これはすごくいい会社をつくれたんじゃないかと。もっと広く社会実装するべきカルチャーだと思いましたね。

——それがもっと当たり前になっていくといいですよね。どうしたら、そうしたことが企業にとっての目標のひとつとして掲げられるようになっていくんでしょう。

そういう、昔なかったことが少しずつ緩和されていくこと、たとえばいま、スニーカーにリュックを背負って自転車で出社するビジネスマンが増えてるじゃないですか。それは昔では考えられなかったけど、カルチャーとして成長したということだと思います。そういうことのひとつとして、赤ちゃんがオフィスにいる風景が当たり前になっていくといいですよね。それもダイバーシティ&インクルージョンのひとつのカタチだと思うけれど、今はまだあんまりそういうふうには言われていない。

——家事よりも、いわゆるオフィスワークをするほうが偉いというような風潮がまだあるからでしょうか。

働くというのがたぶん効率を重視することだからだと思います。赤ちゃんがいることは仕事において非効率的であるという。でも振り返ると、さきほどお話しした、赤ちゃんがいたプレゼンではクライアントはニコニコしていました。もちろん、そのクライアントが一人ひとり素晴らしい方たちだったというのもあるんですけど。

——その「ニコニコ」は、なかなか数字では測れないものですけど、とても大事なことですよね。めぐりめぐって業績などの数字にも表れてくることだと思います。

僕はもともとコーヒーがすごく好きで、10年前から丸山珈琲さんに、うちの専用ブレンドをつくってもらっています。今日も飲んでいただいていますが、このオフィスコーヒーに力を入れています。始めた頃はよくまわりの人に、なんでコーヒーに毎月何十万円もかけているんだと言われましたが、いまはおいしいコーヒーを飲みながら仕事をすることはカルチャーとして広がったじゃないですか。この会社はコーヒーのおかげでここまで成長したと思えるくらい、社員もそうだし、クライアントもコーヒーを楽しんでくれています。おいしいコーヒーを出すと「会社 対 会社」ではなく「人 と 人」になるんです。

——なるほど、たしかに…。

コーヒーには、コーヒーマジックというものがあって、おいしいコーヒーが間にあると、いい話、いい関係ができる。ビジネスシーンにコーヒーというのは、うちにとってはとても重要なんです。そういう、コーヒーだったり、居心地のいいオフィスだったり、ダイバーシティ&インクルージョン——赤ちゃんがいたりジェンダーに関係なくいい仲間といい仕事ができる、ということで場が芳醇になっていく。たぶんこれから何年か経つと、当たり前になっていると思いますよ。それを推進していくつもりです。

だから、まちやコミュニティの未来みたいなものを考えるときに、テクノロジーうんぬんということよりも、そういう芳醇さを実装していきたいですね。

 

芳醇に暮らしている人が集まることで、芳醇な仕事ができる

 

——表面的な効率を追いかけるのではなく、ゆったりと仕事をされているように見えます。それこそひと昔前は、家庭を無視してバリバリ働くみたいなことが「すごい」と言われていたかもしれないけれど…

どんなに仕事ができて、仕事の面で偉くなった人でも、今は、それだけだと格好良くない。
会社にとっても、社員が芳醇に暮らすことはとてもプラスなはずです。会社にとっての数字的な目標も大事ですが、そこで働く一人ひとりが子育てをしたり、自分の趣味を楽しんだり、あるいは自然を大切にしたり、そういうことを、ちゃんとやっている社員が増えていくことこそ、組織、会社の成長だと思います。

何年か前に、パタゴニアが社員をサーフィンに行かせろ、というインナーブランディングが話題になりましたけど、うちも毎朝のようにサーフィンしてから出社する人もいるし、海外でサッカー観戦しながらリモートワークする人もいる、子どもが熱を出したらすぐに帰れるし、僕自身もスキーが大好きで時間があれば雪山に行ってしまいます。そうやって一人ひとりがそれぞれの生き方を保てる、それができるプロフェッショナル集団であることが大事だと思っています。いわゆるビジネスのプロフェッショナリズムなんていうのは、その人の一側面でしかないんですから。

——芳醇に暮らせている人たちが集まることで、芳醇な仕事ができるってことですよね?

はい。やっぱりその人の暮らしが、仕事においてのインプットにもなっているはずです。だから価値のある会社というのは、資本主義的に価値があるというより、社員の自己実現やそれぞれの暮らしをきちんとバックアップできている会社だと思います。

——それがカルチャーとして渋谷から全国に広がっていくといいですね。

はい。まずは自分たちがそれを実践していくことからかなと思います。

 

取材・文)天田 輔
写真)斎藤 優

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