「shibuya good pass」は、“渋谷のまちづくりに参加できるパスポート”。渋谷をもっと良くするアイデアを発信したり、ローカルgoodなお店やサービスを利用し応援することができます。(オフィシャルサイトより抜粋)
『生活者ドリブンなスマートシティをつくる』をテーマに展開されるこのサービスに込められた思いを、博報堂 ミライの事業室の大家さんにうかがいます———
暮らしの目線で考える「スマートシティ」
——「shibuya good pass」の特徴はどんなところですか?
今、「スマートシティ」とひとことで言っても、すごく広い概念で。行政サービスをデジタル化して手続きをスムーズにしますよという話もあれば、オンデマンドモビリティのような民間サービスのことを指すこともあります。そんななか僕らは、様々あるスマートシティのサービスを、どうやって“市民のためになるもの”に変えていくのか、ということをたいせつに考えて、生活者の側から声を集めて、まちをより良く変えていくためのサービスを提供しています。
「shibuya good pass」がプロジェクトの根幹として大切にしているのは、「市民の声を聞く」ということ。
結局スマートシティといっても、実際そこで起きるのは、まちの人たちのフィジカルな生活の変化ですので、デジタルだけで完結するということではないと思っています。フィジカルな世界がどう変わっていくのかというのが一番大事で、そのためのツールとして先進的なデジタルテクノロジーがある。そこが逆にならないように気を付けてプロジェクトを推進しています。
また、シチズンシップや市民意識といったものが、日本では希薄だといわれることが多いと思うんです。たしかに行政に対して市民がなかば“お客さま”のような感覚になってしまっているところがあると思います。でもヨーロッパなどを見てみると、市民意識が全然違うんですよね。たとえばバルセロナなどでも、自分たちの文化を守るために、あるいは生活を変えていくために、自分たちが主体的に動いていくという姿勢を感じます。
“お客さま”として待っているのではなく、市民がもっと自分ごととしてまちづくりに関わり、その担い手になることで、たとえば税金の面でもより有効に活用されていくと思います。渋谷のように個人個人が発信力を持っているエリアなら、そんな社会が実現できるんじゃないかと思っています。
オンライン/オフラインを併用してまちの声を聞く
——「生活者ドリブン」でまちを変えていく具体的な施策のひとつとして、「ササハタハツまちラボ」での取り組みが始まっていますね。
僕らは「まちラボ」の活動のブランディングだったり、市民活動の盛り上げ支援を行なってきましたが、加えて「shibuya good pass」のサービスのひとつとして「good talk」の実装を実験的に始めていこうとしています。
これはバルセロナを起点に世界の都市で活用が広まってきている「Decidim」という市民参加型のデジタルプラットフォームをベースにしたプロジェクトです。この「Decidim」が有効活用されている世界の都市では、市民が行政に対して様々なアイデアを起案し、実際に予算をつけるところまでできるような仕組みになっています。
オープンソースである「Decidim」を渋谷向けに実装したこの「good talk」を用いて、まずはササハタハツの地域のみなさんの声を聞いたり、プロジェクトを起案してもらって、それを採択したりといったことをスタートしていこうとしているところです。
そしてオフラインでも、まちにラジオブースのような場を設置して、渋谷で活動されている活動家の方々をお呼びしてトークをする「good talk live」という施策も予定しています。そこでは地域の人たちに参加してもらえるコンテンツをつくっていくことで、やはりまちの声を集めていこうとしています。
テクノロジーが市民をエンパワーメントできる社会を目指して
——「shibuya good pass」が常にまちの人たちの声に寄り添う姿勢をたいせつにするのには、どんな思いがあるんでしょう?
これは僕の個人的な経験の話になるんですが、僕はもともと建築デザインを専攻していて、個人ひとりひとりの関わりでまちがアップデートされていくことに興味があったんです。
学生時代に代官山に住んでいて、当時「代官山インスタレーション」というアートイベントに作家として出展していました。そこからきっかけにはじまり、20年近く代官山にひまわりを植えつづけている活動、「ひまわりガーデン代官山坂」というプロジェクトに関わっているのですが、ボランティア活動ですので、やってるときはみんなで汗かいて、ものすごく面白いのだけれど、お金にはならないわけですよね。もっと経済の仕組みでそれをサポートできる世の中になると面白くなるんじゃないかという思いがあったんです。
そして今、まちづくりの視点で渋谷のまちを見つめてみると、まちのことを考えて個人レベルでも小さなことから尽力されている方というのがやはり多くいらっしゃいます。でもずっとボランティアを続けるのってしんどいんですよね、根気がいるので。だからやればやるほど報われるっていう何かが必要。それは単純にお金だけじゃなくて、感謝されるとか、誰かに見てもらえているとか、そういうことでもいいと思うんです。そんな仕組みづくりが必要とされていて、そこはまさにデジタルテクノロジーで革新できる部分だと思っています。
——地域の人たちの尽力を、「shibuya good pass」を通して可視化してあげられる。
そうです。それが他の人から素敵に見える仕組みづくりだったり、やってくれたことに対してなにかポイントを付与するということも考えられます。そういったことはデジタルであればいろいろと想像がつきますよね。それを一緒にやりたいという企業もいるでしょうし。
——市民のひとりひとりが、自分たちの声や行動によってまちを変え得るんだと思えること自体が、すごく重要なことだと思います。
そうですね。そういうひとりひとりの貢献をつないでいくテクノロジーがあふれていくまち。それを「スマートシティ」と捉えて、テクノロジーが市民をエンパワーメントしていく環境がつくれたらという思いがあります。
まちのカルチャーをつくり支える役割も
そうした都市文化のあり方を渋谷から発信することで、次の都市へつながってほしいという思いもあります。
たとえば「ササハタハツ」エリアのように、都会に暮らしているんだけど、地域のつながりを大事にしたいとか、緑道の自然をみんなで大切にしたいとか、これって今までの渋谷像にはあまりなかった一面だと思うんです。でもそんな渋谷のあたらしい側面を世界に発信していく意義は大きいんじゃないかと思います。
都市文化のあり方ということでいうと、来街者にとっては、コロナ禍によってそもそも大都市に通勤通学する、遊びに行く、ということの意味も問われたわけですよね。一方で、みんなやっぱり都市のカルチャーが好きじゃないですか。そのときに、さっきの“お客さま的市民”の話にも関わるんですが、まちに対して主体的に関わっていくことが一層大事になってくるんじゃないかと思っています。
——“お客さま”的に享受しているばかりだったのは、なにも行政サービスだけじゃなくて、まちのカルチャーもそうかもしれませんね。渋谷で過ごすひとりひとりが、このまちの文化もつくっている主体者だという意識をもつことに大きな意義があります。
「shibuya good pass」がまちと人のつながりや、そこで生まれる文化の醸成に関われたらいいですし、それを国内外に発信していくという、そこは我々博報堂としてもともと得意な分野ですから、そういったところでこれからも渋谷のまちと関わっていけたらいいなと思っています。
官民連携のあり方から一緒に変えていく仲間を増やしたい
——最後に、我々渋谷未来デザイン(FDS)と協働してよかったこと、今後期待することはどんなことですか?
半官半民の組織というと、全国にも似た組織体はあると思いますが、それを渋谷でできているというのがすごいなと思っています。渋谷の持つ発信力、求心力を土台にしながらも会員企業のネットワークが既にある。必要に応じて力を借りたり、逆に僕らからギブすることでテイクするものもある。
また、区との連携もスムーズです。どんな自治体に入っていっても、その自治体の各セクションと個別に全部接していくのは本当に大変なものですが、それがワンストップでできる環境というのは、まさにFDSの魅力だと思います。
僕らが「shibuya good pass」を通して実現したいことも、FDSが実現したいことも、ある意味で共通しているのだろうと思います。それは、官民連携のあり方そのものを変えていくということ。
でもそれって、誰か1社が仕組みをガラッと変えてしまうということではないと思うんですね。行政も民間の各社もそれぞれがお互いに手を取り合って、自分たち自身も変革していきながら、大きなエコシステムごと変わっていくということが、今まさに求められていることだと思うんです。
そういう意味で、一緒にこの変革をリードしてくれるような仲間を見つけたいという思いは強くあります。
この官民連携のあり方そのものとか、新しいスマートシティのあり方そのものをつくっていくことに関心があって、それを一緒にチームになってやってくれる仲間がもっと増えたら嬉しいなと思っています。