渋谷の街から出る生ごみを肥料に変え、そこから新しい商品や体験を生み出していく「渋谷肥料」。都市の資源循環に新たな可能性を切り拓くこのプロジェクトは、昨年のSOCIAL INNOVATION WEEK 2025のアワード「SIW IMPACT」でグランプリを受賞しました。
その仕掛け人である坪沼敬広さんは、もともと農業や環境問題の専門家だったわけではありません。長年携わってきたのは、さまざまな課題に対して新しい発想や価値を生み出す「コンセプトワーク」の仕事。そんな坪沼さんがなぜ、渋谷のごみから肥料をつくることになったのでしょうか。
2026年のSOCIAL INNOVATION WEEK開催を機に、渋谷肥料の誕生から現在までの歩み、SIW IMPACT受賞によって生まれた新たな可能性、そして都市と人の未来を変えるクリエイティブの力について、お話をうかがいました。
取材・文:天田 輔(渋谷未来デザイン)
「資源がない」渋谷で、誰も気づかなかった価値を見つける
坪沼さんが長年取り組んできたのは、デザインやクリエイティブの領域におけるコンセプトワーク。大手メーカーの新商品開発や、中小企業のブランディングなど、多様なプロジェクトに携わってきました。
坪沼「もともとは個人事業主として、コンセプトづくりから商品開発、ウェブ制作まで、クリエイティブに関わることを何でもやっていました。僕自身、天才的なひらめきがあるタイプではないので、ずっと大事にしてきたのは、自分なりの方法論を確立すること。再現性のあるメソッドを作って、新しいものを生み出していくという仕事をしてきました」
そんな坪沼さんと渋谷の接点は、2015年にさかのぼります。渋谷区公認のお土産を考えるコンペに、学生たちとチームを組んで参加したことがきっかけでした。

坪沼「当時、渋谷にはお土産がないと言われていたんです。観光客がスクランブル交差点で写真を撮って、そのまま次の観光地に行ってしまう。そこでお土産をつくろうという話だったんですが、関係者の方々からは『渋谷には資源がないから、特産品なんてつくれない』とよく言われていました」
それでも、渋谷ならではの価値を探そうと、毎晩のようにスクランブル交差点に立ち、街を観察し続けた坪沼さん。そこで目をつけたのは、世界中から人が集まり、膨大な人と車が行き交う交差点そのものが持つ、ある特徴でした。
坪沼「これだけ人が多くて車も通っているのに、事故が起きたという話をあまり聞かないなと。当時調べた統計でも長らく事故が起きていないということで、それってすごいミラクルじゃないかと思ったんです。そこから生まれたのが『渋谷御守』というアイデアで、コンペではグランプリをいただきました」
資源がないから何もつくれないのではなく、視点を変えれば、街に当たり前に存在しているものが新しい価値になる。その経験は、坪沼さんのなかに強く残りました。
そして2019年、オープンを控えたSHIBUYA QWSのアイデアソンに参加したことが、新たな転機になります。当時問題になっていた渋谷のハロウィンのごみを題材にした企画を提案し、再びグランプリを受賞。副賞としてQWSを活動拠点にできる機会を得ました。
坪沼「せっかくの機会なので、今度はもっと地に足のついた、日常のなかで当たり前に手に取ってもらえるものをつくりたいと思ったんです。それともうひとつ、当時の渋谷は再開発やインバウンドで盛り上がっていた一方で、みんなどこかに後ろめたさを感じているんじゃないか、という思いがありました。街が発展する一方で昔からのカルチャーが失われたり、人が集まるほどごみが増えたり。華やかさの裏側にある、そうした課題を何とかできないだろうかと」
そこで思い出したのが、かつて言われた「渋谷には資源がない」という言葉。
坪沼「でも、ごみならたくさんあるじゃないか、と。みんなが『いらない』と思っているものが、視点を変えることで『欲しい』と思えるものに生まれ変わったら、すごく面白いんじゃないか。いろいろ考えていくなかで、たどり着いたのが肥料だったんです」
環境問題への強い関心から始まったのではなく、誰もが諦めていたものに新たな可能性を見いだす、そのクリエイティブの実践として、「渋谷肥料」は生まれたのです。
坪沼「良いクリエイティブには、みんなが『これだ!』と思ってひとつにまとまれる、旗になる力があると思うんです。単にデザインがかっこいいということではなく、世の中を前進させる力がある。それを渋谷という街で実践できたら面白いんじゃないか、というのが根っこにあるんですよね」

捨てられるものを、誰もが欲しくなるものへ。循環を社会に実装する挑戦
こうしてスタートした渋谷肥料。都市の事業系生ごみを肥料に変え、そこから新たな商品や体験を生み出していくプロジェクトですが、アイデアを実際の事業にすることは簡単ではありませんでした。
坪沼「廃棄物の処理や肥料の取り扱いには、さまざまな法律や規制があります。たとえば、近くのビルから出た生ごみを勝手に持ち出して肥料にすることはできません。コンセプトとしては面白くても、どうすれば仕組みとして成り立ち、事業として広げていけるのか。課題は本当にたくさんありました」
その壁を乗り越える大きな支えになったのが、SHIBUYA QWSでの取り組みと、そこで生まれた人や企業とのつながりでした。
2020年には東京都の支援事業に採択され、東急や東急不動産など12社とともに実証実験を実施。廃棄物の再資源化を実際の事業につなげるための検証を重ねていきました。
坪沼「QWSの皆さんが本当に親身になって、一緒に試行錯誤してくれたことは大きかったですね。新しいことをやるときって、みんな初めてのことばかりじゃないですか。立場は違っても、同じマインドを持って真剣に向き合ってくれる仲間がいることに、すごく支えられました」
そうした取り組みから生まれたのが、都市の屋上などで野菜や植物を育てる「サーキュラーキット」、収穫したハーブなどからコスメを形にしていく「サーキュラーコスメ」、循環の仕組みから生まれた食材を商品化する「サーキュラースイーツ」という3つのアウトプットです。
なかでもサーキュラースイーツは、渋谷肥料が目指す世界観を象徴する取り組みのひとつです。
坪沼「渋谷スクランブルスクエアから出る生ごみの一部が、茨城県のリサイクル工場で肥料になり、その肥料でさつまいもが育てられていることがわかったんです。だったら、そのさつまいもを渋谷に持ち帰って、商品にできないだろうかと。渋谷だったら、若い人たちにも喜んでもらえるスイーツが面白いんじゃないか、と考えました」
こうしてシェフやパティシエとともに試作を重ね、さつまいものスイーツやバタースプレッドなどを開発。現在は飲食店とのコラボレーションや企業向けの提供を進めながら、新たな商品やブランドづくりにも取り組んでいます。
ここで大切にしているのは、単に「環境にいいから」という理由で商品を選んでもらうことではありません。
坪沼「循環しているから買ってください、ということではないんです。今、都市で暮らしている人たちが本当に欲しいと思えるものをつくる。その商品が生まれる仕組みとして、資源が循環していることが大事だと思っています」
さらに坪沼さんは、商品の持つ価値を、人の気持ちや暮らしを豊かにすることへと広げて考えています。
坪沼「東京で暮らすって、毎日いろいろ大変なこともあるじゃないですか。でも、夢を持ってこの街に来た人たちが、ここで生きていくことを諦めてしまうようなことにはしたくない。たとえば今、ギフト商品の開発も進めていますが、大切な人に心から『ありがとう』や『おめでとう』を伝えたいときに選んでもらえるようなブランドにしたいんです。新しい循環の仕組みから生まれたものが、今度は誰かの背中を押すものになる。そんなことができたらいいですよね」
ごみから肥料をつくることは、あくまで出発点。その先にあるのは、これまでになかった価値や喜びを、都市の暮らしのなかに生み出していくことなのです。

挑戦を次のステージへ。SIW IMPACTがもたらした出会いと可能性
2025年、渋谷肥料はSOCIAL INNOVATION WEEKのアワード「SIW IMPACT」において、「GOOD IDEA」部門のグランプリと「FUTURE DESIGN賞」をダブル受賞しました。
より良い未来につながるアイデアやアクションを表彰し、その可能性を広げていくSIW IMPACT。坪沼さんにとってこの受賞は、単に活動を評価されたという以上の意味があったといいます。
坪沼「まず嬉しかったのは、受賞に至るまでのプロセスです。渋谷未来デザインの皆さんが親身になって向き合ってくださいましたし、審査員の方々からも、渋谷から新しいプロジェクトが広がっていくことを応援したいという気持ちが伝わってきました。自分たちが取り組んできたことが、渋谷に関わるいろいろな人たちにとって前向きなものになっていると感じられたことは、すごく嬉しかったですね」
また、副賞として提供されたアクシスコンサルティングによるコンサルティング支援も、事業を次のステージへ進める大きな力になりました。
坪沼「僕らの場合は約1年間、長期的に伴走していただきました。いろいろな専門家の方々と何度も壁打ちをして、取り組みに必要なことを深く議論できたのは、とても価値がありました。実際に、今やり取りしている工場をコンサルタントの方に紹介していただいたり、事業の実装という面でも具体的な支援をいただいています」
新しいアイデアを生み出すことと、それを社会のなかで実現し、持続させていくこと。その間には、いくつもの壁があります。
長年コンセプトワークに携わってきた坪沼さんだからこそ、アイデアを現実のものにするために、多様な知見を持つ人たちと議論を深められることの価値を強く感じているようです。
坪沼「僕らの挑戦が、これからさらに渋谷のいろいろな方々とつながり、広がっていく可能性があることも嬉しいですね。自分たちのプロジェクトを進めるだけではなく、渋谷の皆さんのお役に立てる機会が増えていくかもしれない。そういう意味でも、この受賞はありがたい機会になりました」
ひとつのアイデアに新たな仲間が加わり、対話を通じて可能性が広がっていく。渋谷肥料が歩んできた道のりにも、そうした共創の積み重ねがありました。

渋谷から横浜、京都、そして世界へ。循環の仕組みが街と人を元気にする
現在、渋谷肥料の取り組みは、渋谷という街を越えて広がり始めています。「横浜肥料」が動き出し、「京都肥料」の取り組みも進行中。将来的には、海外の大都市への展開も視野に入れています。
ただし、それは渋谷でつくった仕組みを、そのまま別の街に持ち込むということではありません。
坪沼「たとえば横浜は、みなとみらいのような都市的なエリアもあれば、住宅地や自然が身近にある地域もある。僕自身、横浜で育ったのでよくわかるのですが、横浜のなかにもさまざまな暮らしがあります。一方で京都には、渋谷とはまったく違う、長く受け継がれてきた文化があります。それぞれの街の特徴を見つめて、そこでどんな循環の仕組みが求められるのかを考えることが大事なんです」
肥料という技術や商品から出発するのではなく、その街に何があり、人々がどのように暮らしているのかを考える。そこから新たな価値を設計していくという姿勢は、渋谷肥料が生まれた頃から変わっていません。
そして今、坪沼さんたちが掲げているミッションが「Beat Circulation」です。
坪沼「循環の仕組みというと、どうしても真面目で堅苦しいものに感じられがちですよね。でも、もっとダイナミックでワクワクするものにしていきたいんです。たとえばいつか『ニューヨーク肥料』や『パリ肥料』がつくれたら、世界の大都市とその周辺地域が循環の仕組みでつながり、そこから新しい商品や価値が生まれていく。そんな仕組みを世界中に広めていきたいと思っています」
そして、そこで生まれるワクワクは、循環の仕組みそのものにとどまりません。
坪沼「サーキュラーエコノミーに触れた人たちが、今度は自分自身の人生にドキドキ、ワクワクできるようになる。そんな体験まで生み出していけたらいいですよね」
壮大なビジョンの一方で、坪沼さんが仕事をするうえで大切にしているのは、実に地に足のついた考え方です。
ひとつは、アイデアやコンセプトを体系化し、再現性のある方法論にすること。それがあるからこそ、渋谷での取り組みをほかの都市にも応用できる。そしてもうひとつは、自分が正しいと思っていることさえ、変化させていく柔軟さを持つことです。
坪沼「自分のやっていることが完璧だと思わない、というのはすごく大事にしています。何かに取り組んでいくなかで自分も成長するし、方法論だって変わっていくかもしれない。自分が正しいと思っていたことが違うかもしれない。だから常に、自分に足りないものと向き合いながら、変わっていけることが大事なんだと思います」
また、チームで共有している考え方として挙げてくれたのが「不易流行」という言葉。物事の本質を大切にしながらも、時代の変化もしっかり捉え、新しいものを生み出していくという姿勢です。
坪沼「たとえば規格外の農作物を廃棄せずに大切にいただくことも必要ですが、それ以前に、農家さんが一生懸命育てたものを、きちんと流通させることの方が大事なんじゃないか、とチームのメンバーから言われたことがあって。すごく心に刺さったんです。本当に大事なことは何なのかを考えながら、それを今の人たちが欲しいと思えるものにしていく。そういうことを両立させていきたいですね」

「資源がない」と言われた街で、誰も気づかなかった価値を見つけることから始まった坪沼さんの挑戦。
その根底にあるのは、物事の本質を見つめ、視点を変えることによって、これまでなかった可能性を生み出そうとする姿勢です。
肥料という、一見するとクリエイティブとは遠く思えるものを起点に新たな商品が生まれ、人と人、都市と地域がつながり、さらにその先の未来が広がっていく。渋谷肥料の歩みは、クリエイティブの力が社会にもたらす可能性を、私たちに教えてくれているようです。



