2021年、東日本大震災から10年の節目に、全国労働者共済生活協同組合連合会(以下、こくみん共済 coop)、一般財団法人渋谷区観光協会、一般社団法人渋谷未来デザインの3者によって始まった「もしもプロジェクト」。防災を特別なものではなく、日常の中で自然に意識できるようにすることを目指し、行政・民間・地域が連携しながら新しい都市防災の形を模索してきました。
発足から5年を迎えた今、その取り組みの歩みと、これからの展望について、こくみん共済 coop常務理事の仲田昌純さん、一般社団法人渋谷未来デザイン・ジェネラルプロデューサーの金山淳吾が想いを語りました。
東日本大震災から10年。3者連携で始まった「もしもプロジェクト」

── 「もしもプロジェクト」が始まってから5年が経ちました。まずは、なぜこの3者が連携し、渋谷で都市防災の取り組みをスタートされたのか、その背景を教えてください。
仲田 2021年は、東日本大震災から10年目をむかえる節目の年でした。こくみん共済 coopでは、それまでも共済事業を通じて被災された方々の支援に関わってきましたが、同時に被害を未然に防ぐ意識づくりやたすけあい(共助)をどのように広げていくかが大きな課題でもありました。
特に都市部では、震災の記憶が少しずつ遠くなっていく中で、防災を改めて身近なものとして感じてもらうための工夫が必要だと感じていました。そのためには一つの組織だけではなく、地域社会や街と一緒に取り組むことが大切だと考えたのです。私たちこくみん共済 coop は、渋谷区に本部が所在しています。発信力があり、多くの人が行き交う渋谷で、観光協会や渋谷未来デザインとご一緒できたことは、とても意味のあることだと思います。
金山 渋谷区でも「防災訓練がどうしても形式的になりがちだ」との課題がありました。特にこの街は住んでいる人だけでなく、働く人や遊びに来る人、外国人観光客など、多くの来街者が集まります。そのため、住民だけを対象にした防災対策では十分とは言えません。
有事の際に、来街者がどこに避難し「どう情報を得ればよいのか」といった視点が必要でした。そうした中で、こくみん共済 coopさんから「震災の記憶を風化させず次世代につないでいきたい」とお話をいただき、3者で力を合わせたプロジェクトが始まりました。
なぜ渋谷だったのか。来街者も守る「都市防災」の発想

── この5年間、渋谷の街頭ビジョンやスクランブル交差点など、街全体を活用した取り組みが印象的でした。
金山 私たちは防災を特別なイベントにするのではなく、日常の中でふと考えるきっかけをつくることを大切にしてきました。街頭ビジョンや壁面、ストリートなど、渋谷には多くの発信の場があります。それらを活用して、「もし今ここで地震が起きたらどうするだろう」と自然に想像してもらえるようなメッセージを届けてきました。
防災は大切ですが、少し身構えてしまうこともありますよね。そこで「もしも」という言葉を使うことで、より気軽に考えるきっかけをつくりたいと考えました。

── 「教える防災」から「気づく防災」へ、ということですね。
金山 そうですね。知識を一方的に伝えるだけではなく、街を歩く中で自然と考えるきっかけをつくることを意識しました。スクランブル交差点の大型ビジョンを使った映像や街中のサインなどを通じ、「もしここで地震が起きたら」と想像してもらう。そうした小さな気づきが、防災を自分ごととして考える第一歩になるのではないかと思っています。
数万人が訪れる防災イベント「もしもFES」

── 代々木公園で開催されている「もしもFES渋谷」も、多くの人が訪れるイベントになっています。
仲田 「もしもFES」は「防災は難しいもの」といったイメージを少しでもやわらげ、楽しみながら備えるきっかけをつくれたらと考えて始めたイベントです。会場では非常食の試食や火災を想定した煙体験、防災アイテムの紹介、防災クイズのブースなど、家族連れでも参加しやすい内容を用意しています。実際に体験することで「備えること」をより身近に感じてもらえたらうれしいですね。
金山 代々木公園の立地も、気軽に立ち寄れる点でとても良い環境でした。「防災イベントだから行く」というよりは、「楽しそうだから行ってみよう」と思ってもらうことが大切だと考えています。そうして訪れた方が、帰る頃には何か一つ防災の知識を持ち帰ってくれたら、それだけでも大きな意味があると思います。

── 「もしもFES」では、体を動かすアクティビティも人気だそうですね。
金山 初年度に行った障害物競走や2年目のパルクールと防災を組み合わせたプログラムは特に好評でした。震災時には地面の隆起や倒壊物などで移動が難しくなることがあります。そうした状況を想定し、重い袋を子どもに見立てて運ぶ体験をしてもらう内容でした。
体験してみることで、「動きやすい靴が大切だな」「体力も必要だな」と自然に気づいていただけます。最近は暑さの影響もあり、開催時期や内容の調整を行っていますが、「楽しみながら備える」との考え方はこれからも大切にしていきたいと思っています。

── 「もしもFES」の開催後、参加者や企業の意識にはどのような変化がありましたか。
仲田 参画した企業同士が新しい防災の取り組みについて話し合う機会が生まれたり、自治体から相談をいただいたりすることもあります。また、職員自身もイベント運営に関わることで、普段は接点のない多くの方と話す機会を持ち、日頃の防災・減災の取り組みに活かすことができました。地域の人たちとつながる実感が生まれたことは、組織にとっても大きな意味があったと思います。
金山 ボランティアとして参加してくださる方も年々増えており、一度参加された方が翌年も協力してくださることが多いです。商店街の方々が会場を見に来て、自分のお店の備蓄や避難誘導を見直すきっかけになることもあります。もしもFESで生まれた小さな気づきが地域の中で少しずつ広がっている手応えを感じています。
「楽しみながら備える」文化を日本中の街へ

── 渋谷での取り組みをきっかけに、現在では大阪や名古屋でも、「もしもFES」が開催されています。地域展開についてはいかがでしょうか。
仲田 私たちは全国組織でもあるため、渋谷で得た経験をどのように他の都市へ広げていくかを考えてきました。これまで、大阪のうめきた広場やグラングリーン大阪、名古屋の久屋大通公園でも開催していますが、内容はそのままではありません。それぞれの地域の特性や課題に合わせて形を整え工夫しています。
金山 渋谷はある意味で「実験の場」のような存在です。そこで得た経験やアイデアを、各地域の文脈に合わせて活用していく。そうした形で、日本のさまざまな都市に「もしも」を考えるきっかけが広がっていけばうれしいですね。
── 今後の取り組みについて教えてください。
金山 渋谷の店舗スタッフが防災知識を学び、災害時に来街者を守れる店舗を認定する取り組み「マモリシュラン」を、さらに発展させていきたいと考えています。将来的には、飲食店や施設などとの連携をより強化し、「このお店は防災意識が高い」といった取り組みを可視化できる仕組みにもつなげていきたいと思っています。
仲田 この5年間で、多くの方や企業に関わっていただきました。そうしたご縁を大切にしながら「たすけあい」の輪を少しずつ広げていけたらと思っています。日本中の街で、楽しみながら備える文化が自然に根付いていく。そんな未来につながる取り組みを、これからも続けていきたいですね。



