都市農でまちに自然の豊かさを取り戻す― SHIBUYA Urban Farming Project 勉強会レポート

レポート

勉強会 vol.1
「都市における生物多様性の可視化
 ~バイオームの取り組み事例と渋谷での可能性~」
2025年5月21日(水)@GAKU

 

「渋谷から始まる」新しい都市と農のモデル

SHIBUYA Urban Farming Projectは、都市の緑地化を進め、生物多様性を都市で育む土台として、アーバンファーミング(都市農)を推進することを目的としています。2024年6月に発足し、渋谷区をモデル地区としながら、多様な企業や団体、行政が連携し、“渋谷発”の新しい都市と自然・農の関係性をつくるビジョンを掲げてきました。プロジェクトでは2025年度をテストフェーズと位置付け、以下の3つの分科会を中心に活動が展開されています。

  1. ファームと環境貢献の可視化
    アーバンファーミングが都市の環境や生態系にどんな貢献をしているのか、その実態をデータで“見える化”する
  2. 食と健康
    アーバンファーミングによって生まれる新しい食文化体験や健康的なライフスタイルの創出を目指す
  3. コミュニティと学び
    農と食をきっかけに、地域コミュニティのつながりや学びの機会を育てる

 

そして、主催者を代表しキユーピー株式会社執行役員 広報・サステナビリティ本部長・加納さんが挨拶。参画団体・企業への感謝を述べた上で、「渋谷から先端的なアーバンファーミングシティモデルケースをつくる。やがて都市と自然、人々の健康をつなぐ新しいモデルとして全国へ、世界へと広がっていってほしい」と期待を語りました。

 

さらに、渋谷区環境政策課長の松岡さんは「渋谷区としても昨年度“緑の基本計画”を策定し、生物多様性の目標値も設けました。ただ現状は生物の調査やモニタリングが十分とは言えず、このプロジェクトや勉強会で学びを深め、ネットワークを広げていきたい」と語りました。

 

3つの分科会 これからの展望

  1. ファームと環境貢献の可視化(プランティオ・代表取締役 CEO 芹澤さん)

「世界的には“グリーンフードインフラ”という概念が生まれ、例えばニューヨークのブルックリンではマンションの屋上に農園があるのが当たり前になっています。けれども、まだまだアナログな世界。その『民主的なパワー』をデジタルで可視化し、広げていくことが求められています」。分科会の中では生物多様性の“ベーシック”をみんなで学び合う場を設けており、今回の勉強会がまさにその第一歩であると強調しました。

 

  1. 食と健康(キユーピー・加藤さん)

「食は健康と直結しています。ファームtoテーブルの導入を進めるほか、若い世代に響く新しい提案として“飲むサラダ”の開発・展開も始めていきます」と、今年度の具体的な取り組みの内容をを紹介。東京大学IOGの先生による健康可視化の助言も受けながら、勉強会なども予定されています。

 

  1. コミュニティと学び(渋谷未来デザイン・斎木)

小学校での探究学習(臨川小、常磐松小)など、地域の子どもたちを巻き込んだ学びの場づくりも進行中。渋谷の街と農や食、企業と教育が結びつくことに大きな期待が寄せられています。

 

都市農をきっかけに生物多様性にあふれる都市を共創するには

勉強会のメインセッションでは、「都市における生物多様性の可視化」と題し、株式会社バイオーム 取締役COO 多賀さんと、プランティオ株式会社COO高瀬さんが登壇。

まずは多賀さんが、生態学者・フィールドワーカーとしての知見とスタートアップ経営者としての視点から、生物多様性の本質や都市での可視化の意義について語りました。

 

生物多様性の基礎と社会的意義

「生物多様性とは何か?と問われて明確に答えられる大人は意外と少ない。一方、小学生は今や教科書で学び、説明できます」と多賀さん。
「生き物たちの個性とつながりのこと。生態系の多様性、種の多様性、遺伝子の多様性という“レイヤー”があり、私たちの社会や産業、健康もそこから恩恵を受けています」
生物多様性の恩恵=生態系サービスは、農作物の受粉、医薬品原料、気候の調整、文化的価値など多岐にわたり、世界規模では約3,800兆円分の価値があるとも推計されています。

 

 

急速に失われる多様性―ネイチャーポジティブ

「ここ100年で地球上の生物種の50%が絶滅する可能性も示されています。熱帯林の減少、都市化、産業活動などが背景です」
そんななか近年では“ネイチャーポジティブ”という新たなキーワードが国際的に広く掲げられ、「COP15」では2030年、2050年に向けて生物多様性においての数値目標が設定されました。
「ネイチャーポジティブは、失われた自然を単に守るだけでなく、積極的に回復させていく。経済や産業にとっても大きなゲームチェンジが起きる領域です。TNDF等の企業の情報開示要請も高まりつつあり、2030年には年間10兆ドル規模の関連市場が生まれるとも予測されています」

 

 

都市での生物多様性へのアプローチ

気候変動がCO2排出削減やカーボンニュートラルで評価・取引の軸となったように、自然資本や生物多様性も新たな「経済価値」として注目される時代になりました。ただし「生物多様性は地域ごと、現場ごとに全く異なり、東京と沖縄、渋谷と他の都市では守るべきものも異なる。カーボンオフセットのように一律では測れません」。
そこで重要になるのが「ランドスケープアプローチ」。地域ごとに行政、企業、コミュニティ、専門家など多様なステークホルダーが関わり、合意形成を図りながら多様性の“シナジー”や“トレードオフ”も含めて目指すべき地域像を描く手法です。

 

 

市民参加型の可視化アプローチ――バイオームアプリの可能性

多賀さんは、いきものコレクションアプリ「Biome(バイオーム)」を紹介。
「無料で、どなたでも身の回りの生き物の写真を投稿すると、AIとユーザーコミュニティが名前を教えてくれます。110万人超のユーザーは、ファミリー層やシニア、バードウォッチャーなど多様な方々が参加。そこで蓄積したデータは日本最大級で、900万件以上の生物データが集まっています」
この仕組みにより、都市部でも市民の“生き物探し”が楽しいアウトドア体験となり、同時に膨大なデータベースが蓄積。「東京都では生き物目録(インベントリ)づくり、福岡市ではデジタル生物多様性センター、JR東日本スタートアップ・東急・小田急・西武ホールディングスと連携した鉄道沿線の生物多様性調査など、実際の都市・企業連携でも活用が広がっています」と実例も紹介しました。

 

 

都市型アーバンファーミングと生物多様性の共創へ

多賀さんは、「渋谷区でアーバンファーミングの新しい生態系を育て、区民や企業が一緒に“区民共同クエスト”として生き物調査を行い、都市の中のエコロジカルネットワークをデータで可視化していく――そうした座組みを提案したい」と語りました。
「農業も楽しい。生き物探しも楽しい。それを一体化した体験が広がれば、都市のネイチャーポジティブ活動が“自然と続く”、誰もが自発的に楽しむ流れができるはず」
データの活用例としては、
・企業がTNFDレポートや環境ブランディングに使う
・行政が都市ブランドや緑地政策に生かす
・市民が生活者として身近な生き物・自然に親しむ
など、三方良しの展開が描けます。

 

 

行動変容の鍵は「楽しさ」にある

続いてプランティオ株式会社COO高瀬さんは、都市農の普及と社会変革の鍵は「楽しさ」にあると強調しました。

高瀬さんはまず、ご自身の経験から話を始めました。もともと農学部で学び、アフリカの農村部でのフィールドワークや、民間企業で「シェア畑」の事業責任者として数多くの都市農園に携わってきた高瀬さんは、アーバンファーミングの現場で、野菜を自分で育てることの発見や喜びを多くの人と分かち合ってきました。

「実際に野菜を育ててみると、スーパーで売られているような“完璧な形”の野菜はなかなかできません。でも、そうした“不揃い”や“虫食い”に気づくこと自体が、現代社会の食品流通や農業の仕組みに目を向けるきっかけになります」と高瀬さん。
「社会の構造は、作る人と使う人に分かれています。発信する側だけでなく、消費者自身がどう行動するか、何を選ぶかが本当に大事なんです」

ここで高瀬さんは、参加者に問いかけました。「皆さんが階段を登るとき、ただの階段、音が鳴る階段、エスカレーターがあったらどれを選びますか?」
大半が登って楽しい「音が鳴る階段」を選んだのを見て、「ダイエットや環境対策など“本当はこうした方がいい”と頭では分かっていても、ただの階段を選ぶ人は少ない。でも“楽しい”仕掛けがあると、行動が自然に変わる。エスカレーター=楽な道(経済成長を最優先した消費社会)を選ぶのではなく、環境に良い行動を“楽しい”と思える社会にすることが私たちの目指すラスト1マイルです」と力を込めました。

 

アーバンファーミングの魅力と都市生態系の縮図

高瀬さんは、アーバンファーミングの本質的な魅力も語りました。「野菜を育てて、土に触れ、その場で食べることは、誰もが楽しいと感じられる普遍的な体験です。私自身、今朝も自宅のベランダでトマトの手入れをしました。農業経験がなくても、虫が苦手な人でも、成長や収穫の喜びを感じられる瞬間が必ずあるんです」

また、生物多様性との接点についても、「農園には生ゴミを堆肥に戻すコンポストがあり、その有機物を利用して育てた作物と共生する微生物や虫、さらにそれらを捕食する鳥など、都市農園の中で“都市生態系の縮図”が展開されている」と解説。「人が手をかけることで都市の生態系全体を活性化できるのがアーバンファーミングの意義です。単なる植栽とは異なり、人が関わるからこそ動的に生態系をデザインできる。それは非常に“筋の良い”仮説だと自信を持っています」

さらに高瀬さんは、生物多様性が人間の幸福度にも大きく影響するという最新の海外研究や、実際に生き物に囲まれて生活することの楽しさ・心地よさを紹介。「生き物探しは新しい趣味になるし、都市の中でも“発見”の連続です。自分たちの身の回りにどんな生き物がいるのか知ることは、暮らしに豊かさや彩りを与えてくれます」と語りました。

 

都市に広がる生態系ネットワークの未来へ

アーバンファーミングが都市の生物多様性にどう寄与できるかについても、具体的に言及。「農園が点在するだけでなく、緑地や畑が面的につながり、生き物が移動できる“生態系の連鎖”=エコロジカルネットワークを渋谷の街でつくることが重要です。公園や植栽だけでは生物の多様なニーズに応えられない。農地ならではの“人為的な介入”が、都市生態系の多様性を底上げできます」

「せっかくみんなで農園を増やすなら、単に数を増やすだけでなく、生物多様性の観点からも時系列で可視化し、“やったからこうなった”という成果を見える化していきたい。それが渋谷発の都市自然再生モデルとして、他地域にも展開できる未来を拓くと信じています」

高瀬さんは最後に、「今、渋谷区で動き出しているこのプロジェクトは、企業、行政、市民が同じ目線で“まずやってみる”大きな一歩。将来“あの時あのメンバーで始めたから、今の渋谷がある”と誇れる活動にしたい。都市の暮らしを豊かにし、未来の子どもたちにも希望を手渡せる――そんな想いで、これからも楽しみながら一緒に挑戦していきましょう」とメッセージを送りました。

 

未来への希望を込めて

勉強会のクロージングでは、渋谷未来デザインの長田が「渋谷では企業も行政も“本気でやりたい”と集まってくれている。10年後、100年後、次世代にとって豊かな環境を残せるよう、自分たちのメリットだけでなく、これから生まれてくる生き物に対して貢献していきたい」と力を込めました。

都市と自然の新たな共生モデルを“渋谷から”――。
データと楽しさ、そして人と人との連携を武器に、生物多様性の可視化と、それによって拓ける都市農の新しい未来が、いま始まっています。

 

次回の勉強会は7月17日(木)開催予定。プロジェクト詳細や最新情報は公式サイトにて随時発信しています。