各社の交通データを掛け合わせ楽しく安全に歩ける渋谷に
産官学民のビッグデータを掛け合わせ、渋谷を基点にソリューション創出を目指してきた「渋谷データコンソーシアム」。そのなかで組成された「渋谷トラフィックワーキンググループ」が、東京都が主導する「東京データプラットフォーム(TDPF)」の助成を受け先進的な取り組みを実施。『各種交通データを活用したまちづくり推進プロジェクト』と名付けられたこのプロジェクトの成果や今後の可能性について、参画各社の声を聞きました。
取材・文:天田輔(渋谷未来デザイン)
各社の交通データを掛け合わせて分析、まちづくりに役立てる
——まず今回の『各種交通データを活用したまちづくり推進プロジェクト』の実施に至った背景をおしえてください。
FDS 菅野「近年、来街者の交通手段が多様化するなかで、実際それらの交通動向が詳細に把握できていないことがまちにとって課題のひとつでした。まちの回遊性や道路の安全性を向上させるために、様々な交通のデータを可視化・分析し、これからのまちづくりに役立てようというのがプロジェクトのあらましです」
渋谷再開発協会 井上「再開発協会としては、昨年『渋谷計画2040-まちづかい戦略-』を策定し2040年の渋谷の姿をあらためて描いてきました。その中でもこれからの渋谷は歩いて楽しいまちにしようという視点があります。それを具現化するために交通データの活用法を模索し、まちづくりにおける交通課題を解決していきたいということで、私たちもプロジェクトに参加させていただきました」

Luup 小林「私は普段Luupのデータグループで、分析やデータ基盤の作成、データサイエンスに関する業務に従事していて、今回のプロジェクトではマイクロモビリティの走行データを提供させていただいています。LUUPでは電動キックボードと電動アシスト自転車の二種類のモビリティを提供していますが、それらの渋谷周辺での走行データ、具体的には細かな位置情報と速度、そして車両の傾きのデータをお渡ししています」
あいおいニッセイ同和損保 永松「弊社は損害保険会社ではありますが、自動車の運転挙動に合わせて割引が効く『テレマティクス自動車保険』といったものを提供するなかで、たくさんの走行データが集積されており、そのデータを社会課題解決に役立てるということを私たちは行なっています。今回の場合はそのデータのなかから、プライバシー加工処理を行った上で、渋谷周辺のどの場所をどれくらいの速度で走行したか、また急加速や急減速がいつどこで起こったか、といったデータを提供しました」

FDS 菅野「また今回のプロジェクトでは、そういったデジタルデータだけではなくて、例えば渋谷区の行政に届く住民の声や、各種行政計画の情報、自転車走行レーンが渋谷区内のどこに設置されているかといった情報も掛け合わせています」
——そうして集まった情報を解析されたのが、PSSさんとESRIジャパンさんになりますね?
PSS 石谷「はい、Pacific Spatial Solutions(PSS)は地理空間データの可視化解析を主な事業として行なっている会社になります。今回は主にLuupさんのデータの分析を担当させていただきました」
ESRI ジャパン 小林「私どももPSSさんと同様に地図データの可視化や分析のためのプラットフォームを提供している会社です。環境分野やまちづくり全般に関わりながら、多方面の分野で空間情報の可視化・分析を行なっています」
区内の交差点の安全性を可視化・分析
——今回のプロジェクトは、3つの分析テーマに分けられています。まずは「テーマA・交差点」の分析についておしえてください。

PSS 石谷「テーマAでは、LUUPの挙動データを中心に、渋谷区内の交差点周辺での車両の一定角度以上の傾きの発生傾向を主に分析しました。また挙動データと併せて、生活者の方々から渋谷区へ寄せられている陳情をマッチングさせ、今回の場合は区内でも交通安全面での陳情の多い3つの交差点(渋谷警察署前交差点、槍ヶ崎交差点、代々木地域安全センター前交差点)については重点的に分析を行なっています」
たとえば、自転車走行レーンやナビマークが設置されている箇所では、比較的安定した挙動となる傾向が見られました。今回の分析によって、陳情が寄せられている箇所以外にも改善の余地があるところがいくつか見えてきていますので、そうした箇所にも自転車走行レーンやナビマークの設置が進んでいくといいのかなと考えています」
FDS菅野「こうした分析をふまえて、渋谷区と連携しながら具体的な施策の落とし込みにまで至ることが最終的なゴールです」

歩行者にやさしい駐車場のあり方を考える
——続いては「テーマB・方面別駐車場」の分析についておしえてください。
ESRI 小林「こちらに関してはあいおいさんの自動車走行データと、再開発協会さんが行なっている駐車場の整備計画の情報をインプットにして分析をしました。整備計画では、渋谷に来た車が駅前エリアの中心を通ることなく、まちの周辺部に駐車できること目指しています。そこで自動車の走行データから、どの道を通って、どこへ駐車したか、という情報を抽出し、駐車が多い箇所とそこまでの移動ルートを可視化しています」
再開発協会 井上「渋谷駅中心地区の5街区(渋谷ヒカリエ・渋谷ストリーム・渋谷フクラス・渋谷スクランブルスクエア・渋谷サクラステージ)は、来街者をまちの外側から受け止めるようなかたちで駐車場が設計されていて、まちなかへの車の流入や混雑を避ける工夫がされています。歩きやすいまちをつくっていくために、こうした施策はこれからも重要で、今回の分析もその基礎データとして活用できると考えています」

ESRI 小林「分析結果から、現状でもある程度、不要な車の流入を避けられていると見られる部分もありましたし、一方でまだまだまちの中心を通過している車もあります。これから新しく整備していく駐車場の計画に役立てていただける情報が見えてきたと思います」
危険な抜け道を分析、課題を明確化
——3つめは「テーマC・抜け道対策」ですね。
ESRI 小林「渋谷のまちのなかで以前から抜け道利用する車が多くて危ないと言われている箇所を2箇所抽出して、そこに対してどういう経路で車が入っていって、どこへ向かったのかを分析しました。まちなかを通る車のなかでも、物流の業務などでどうしてもそこを通らざるを得ない車なのか、ただ抜け道として使っている車なのかを可視化していったかたちです」
ESRI 小林「抜け道になっている箇所は、実際に見てみても狭くてとても危険なんですよね。できるだけそこの交通量を少なく抑えられるようにどうしていくか、というところが今後の課題として明確に見えてきました」
FDS 菅野「具体的には今後、時間帯によって車両を通行禁止にするなどといった対応の必要性が想定されるわけですよね」
ESRI 小林「そうですね。仮説にはなりますが、時間帯なのか平日・休日で分けるのか、交通規制をかけていくようなことが最終的な施策になるのではないかと考えられます。その検討材料として意義のある分析ができたと思っています」

今後も継続的な“まちの健康診断”に
——このプロジェクトに参加してみて、みなさんの個人的な感想や手応え、今後の可能性についてうかがいたいです。
LUUP 小林「今までLUUPのデータというのは自社内に閉じて活用されることが多かったので、今回データを社外に提供して分析していただくことで、新しい視点や切り口でデータを見直すことができました」
あいおい 永松「そうですね。自社内に単体のデータがあって、そこからの広がりをどこに求めていくかというのは難しいものだと思いますが、今回は単体のデータでは成し得ないことが出来ているという実感がありました。また往々にして、データを掛け合わせて“興味深い”というところで終わってしまう事例も多いですが、そんななか具体的な社会課題解決に少しでもつなげることができたという点で、意義のある取り組みになったと思っています」
PSS 石谷「これまでも自動車や交通事故のデータを用いた分析を行なってきてはいましたが、Luupさんのマイクロモビリティのデータを今回使わせていただけたことはすごく新規性のある取り組みをさせていただけたなと思っています。一方で、今回は自転車の走行データを含められなかったという点がひとつ心残りではあります。モビリティが多様化しているなかで、交通のデータ分析においてももっといろんな組み合わせ方ができると、より精度の高い結果が出せると感じています」
再開発協会 井上「これまでは交通課題の解決というと、実地カウント調査で人が手作業で交通量を数えるなど、限定的な調査しかできていませんでした。365日いろんなことが起きている渋谷のまちにおいて、今回のようにデータを活用して様々な変化を捉えられるということに非常に可能性を感じていますし、今後も“まちの健康診断”のように活用していけることに期待しています」
ESRI 小林「たしかにアナログの調査からデジタル化することでできるようになったことも多いですが、実はデジタルデータだけを分析しても、求めているような答えがパッと出るわけではありません。まちにこういう社会課題があるだとか、現地での情報といったアナログな要素があってこそデータが活きるのだなと今回あらためて感じました」
あいおい 永松「弊社のデータソリューショングループにとっては、まさに今年度の象徴的な取り組みになりました。自治体との取り組みは以前からもありましたが、今回はたくさんのメンバーが各企業から集まり、行政的な目線も入れながら課題の設定をしたりと、保険会社としてはあまり例を見ないような大きな取り組みでした。会社の特色を対外的に示していくという意味でも非常に意義のあるものになったと思います」
Luup 小林「そうですね、弊社にとってもそれは感じられるところでした。また、都への提言につなげられたという点は大きかったと思います。行政が主体となってそこにいろんな交通のデータを持つ企業が集まってくるという座組みは、我々にとっても新しい挑戦だらけで、とても意義深いものでした」
PSS 石谷「区の担当者の方からは、交通施策を実施した後の結果をデータ分析で評価できるといいよねというフィードバックをいただいています。今回は半年という短い期間のデータでの分析でしたが、引き続き長期的にデータを追っていけると、交通施策の評価も含め、できることは広がっていくと思います」
再開発協会 井上「これから宮益坂から道玄坂へ向ける大山街道が目抜き通りとしてよりウォーカブルに整備されていくので、まちの交通手段も変わってくると思います。そこでのデータ活用にも期待しています。また、今いろんな都市がウォーカブルで楽しいまちをつくるということに向けて動いていますから、渋谷がデータ活用のモデルケースになっていけると良いと思っています」
参画各社にとっても、まちにとっても有意義な取り組みとなった今回のプロジェクト。今後の課題も見えてきている一方、多様な立場から持ち寄ったデータを掛け合わせ社会課題解決につなげるという座組みにはやはり大きな可能性が感じられます。これからも引き続き活動にご注目ください。